2事例で比較する受給額の違い
加給年金額の加算があるかないかがポイント
前項で整理した老齢年金の本来受給と繰下げ受給の組み合わせについて、受給額の違いを事例で見てみましょう。
【事例の前提】今年65歳になるSさんの場合
●老齢基礎年金:年額70万円
●老齢厚生年金:年額120万円
●Sさんには3歳年下の配偶者Yさんがおり、Sさんが65歳から本来の年金額を受け取る場合、Yさんが65歳になるまでの3年間、加給年金額が加算されることになっている。
加給年金額の3年間の総額:120万円
※加給年金額+特別加算(390,100円)を約3年受給したときの概算額
以下の事例では、Sさんは85歳で亡くなるものとして計算しています。
また、配偶者Yさんの年金額は含まず、Sさんの年金額だけに着目しています。
事例A 老齢基礎年金も老齢厚生年金も65歳から受給
⇒65歳から老齢基礎年金(年額70万円)と老齢厚生年金(年額120万円)を、亡くなる85歳までの20年間受給。
⇒配偶者Yさんが65歳になるまでの3年間Sさんが68歳になるまで)、老齢厚生年金には加給年金額が加算される(3年間の総額で120万円)。
【Sさんの年金受給総額】
●老齢基礎年金:70万円×20年=1,400万円
●老齢厚生年金:120万円×20年+120万円(加給年金額の総額)=2,520万円
●1,400万円+2,520万円=3,920万円
計 3,920万円
事例B 老齢基礎年金は65歳から受給、老齢厚生年金のみ繰り下げる
⇒65歳から老齢基礎年金(年額70万円)を受給。
⇒70歳から老齢厚生年金(年額120万円)を繰下げ受給。5年(60ヵ月)繰り下げたことで、42%(0.7%×60ヵ月)が増額される。(➡120万円×42%=50.4万円 )
【Sさんの年金受給総額】
●老齢基礎年金:70万円×20年=1,400万円
●老齢厚生年金:(120万円+50.4万円)×15年=2,556万円
●1,400万円+2,556万円=3,956万円
計 3,956万円
事例C 老齢厚生年金は65歳から受給、老齢基礎年金のみ繰り下げる
⇒65歳から老齢厚生年金(年額120万円)を受給。配偶者Yさんが65歳になるまでの3年間(Sさんが68歳になるまで)、加給年金額が加算される(3年間の総額で120万円)。
⇒70歳から老齢基礎年金(年額70万円)を繰下げ受給。5年(60ヵ月)繰り下げたことで、42%(=0.7%×60ヵ月)が増額される。(➡70万円×42%=29.4万円)
【Sさんの年金受給総額】
●老齢基礎年金:(70万円+29.4万円)×15年=1,491万円
●老齢厚生年金:120万円×20年+120万円(加給年金額の総額)=2,520万円
●1,491万円+2,520万円=4,011万円
計 4,011万円
事例D 老齢基礎年金も老齢厚生年金も繰り下げる
⇒老齢基礎年金(年額70万円)・老齢厚生年金(120万円)とも70歳から繰下げ受給。
⇒それぞれ5年(60ヵ月)繰り下げたことで、42%(=0.7%×60ヵ月)が増額される。
【Sさんの年金受給総額】
●老齢基礎年金:(70万円+29.4万円)×15年=1,491万円
●老齢厚生年金:(120万円+50.4万円)×15年=2,556万円
●1,491万円+2,556万円=4,047万円
計 4,047万円
事例A~Dの計算結果を比較してみると、「A<B<C<D」となっています。
事例A~Dは、Sさんに加給年金額の対象となる3歳年下の配偶者がいるというケースでした。もし、Sさんに対象となる配偶者がいなかったら(配偶者が年上の場合も同様)、あるいは、配偶者が5歳年下だったら、受給総額はどう変わるでしょうか。加給年金額が加算されない場合、および加給年金額が5年加算される場合の受給総額を加えて、図表3に整理してみました。
【図表3】加給年金額の加算による受給総額の比較
※3年間の加給年金額の総額を120万円、5年間の加給年金額の総額を200万円として計算。
加給年金額が加算されないと、事例A~Dの計算結果と異なり、CはBを下回ります。逆に、加給年金額が5年加算されるケースですと、AはBを上回り、CはBだけでなくDも上回ることになります。
つまり、加給年金額の加算の有無が、本来受給・繰下げ受給の選択を検討する際の大きなポイントになります。配偶者との年齢差によって加給年金額の受給総額は変わってきますし、老齢基礎年金と老齢厚生年金の額を踏まえた個々の生活設計に対する考え方によりますが、加給年金額
の加算がある場合は、老齢厚生年金の繰下げはより慎重に考えることをおすすめします。
本来受給と繰下げ受給の組み合わせを検討する際に注意すること
この連載の中で何度か触れていることですが、本来受給と繰上げ受給・繰下げ受給の「ソン・トク」は一概には言えません。何歳まで生きるかわからない中で、仮の受給総額を比較して損得を論じることに年金はなじまないのです。ただ、生活設計を立てるうえで、知っておきたいこと、注意すべきことはあります。前述した「加給年金額の加算の有無と老齢厚生年金の繰下げ受給」もその一つです。そのほかの留意点について、以下に触れておきます。
●繰下げしても、額面どおりに手取り額が増えるわけではない
繰下げ受給によって、年金額は1ヵ月あたり0.7%増額される、5年繰り下げると年金額は
42%増額される──。これらは、額面上だけで言えばそのとおりです。しかし、実際の手取り額は、そこまで増えないことに注意してください。ひと言で言うと、年金が増えた分だけ、税金(所得税や住民税)と社会保険料(国民健康保険料や介護保険料)も増えるのです。
税金や社会保険料は、その他の収入の有無や家族状況、各種控除など、また自治体によっても変わってきますので簡単には計算できませんが、年金額が増えるほど手取り額への影響が大きくなります。5年繰り下げた場合の増額率42%は、実際には10%近く下がって、35%以下になる可能性もあります。本来の年金額がいくらであったかにもよりますが、繰下げ受給にしたからといって額面ほど手取り額が増えるわけではないことは肝に銘じておきましょう。
●過去にさかのぼってもらえる年金は最大5年分である
前項の「A.老齢基礎年金も老齢厚生年金も65歳から受給」の中で、「66歳を過ぎてから、繰下げ受給の申出をせずに、65歳にさかのぼって年金を請求することもできます。この場合は、増額されない本来受給の年金額を一括して受け取ることになります。」と説明しました。ただし、年金給付を受ける権利は5年で時効になります。たとえば、76歳になって請求しても、もらえる年金は66歳以降の分で、65歳から66歳になるまでの1年分の年金は給付されませんので、ご注意ください。(第14回『年金の時効とは(もらい忘れの年金はどうなる?)』参照)
●在職老齢年金の仕組みによって支給停止となった分は繰下げ受給の対象とならない
65歳以上の在職者について、年金月額と月収(総報酬月額相当額)の合計額が47万円を超える場合、月収の増額2に対して年金額1が支給停止になりますが、この支給停止分は繰下げ受給による増額の対象とはなりませんので、繰下げによる年金額増額のメリットが低下します。
たとえば、前項の事例のSさん(老齢基礎年金70万円・老齢厚生年金120万円)が、65歳から
70歳になるまで月収40万円で働く場合、年金月額10万円(120万円÷12)と月収40万円の合計額が47万円を3万円上回りますので、その半分の1.5万円が支給停止となり、年金支給額は月額8.5
万円になります。したがって、Sさんが5年繰り下げて70歳から受給する場合、老齢厚生年金の額は170.4万円(=120万円×142%)ではなく、144.84万円(=8.5万円×12月×142%)になるということです。
また、在職老齢年金の仕組みでは、老齢厚生年金が一部でも支給されれば加給年金額は加算されますが、繰下げ受給にすると加給年金額は支給されませんので、この点においても繰下げ受給のメリットは弱まります。
なお、在職老齢年金の仕組みでは、老齢基礎年金は支給調整の対象ではなく、全額が支給されます。繰下げ受給にすることもできますので、選択肢として検討するとよいでしょう。
●配偶者が受給する遺族厚生年金を増額させることはできない
配偶者自身の繰下げの効果がない場合も多い
たとえば、繰下げ受給によって増額した老齢厚生年金を受け取っていた夫が亡くなった場合、妻に支給される遺族厚生年金は、増額した老齢厚生年金をベースにして計算されることはなく、増額前の本来の年金額が用いられます。繰下げ受給によって遺族厚生年金を増やすことはできません。
また、妻が自分の老齢厚生年金を繰り下げて増額させていたとしても、遺族厚生年金の額のほうが高ければ、結局、妻が受け取る年金額は変わりません。妻が繰下げ受給で老齢厚生年金を増やしても遺族厚生年金のほうが高い場合は多くあります。老齢基礎年金だけを繰り下げたほうがトクになることのほうが多いかもしれません。(第15回『繰下げ受給のデメリットとは?』・第25回『2つ以上の年金が受けられるようになったら?』参照)
1.加給年金額の加算の有無が、本来受給・繰下げ受給の選択を検討する際の大きなポイントになる
2.本来受給・繰下げ受給の選択を検討する際には、「繰下げしても、額面どおりに手取り額が増えるわけではない」「在職老齢年金の仕組みによって支給停止となった分は繰下げ受給の対象とならない」「配偶者が受給する遺族厚生年金を増額させることはできない」などに留意する
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② 事例で比較する受給額の違い