2020年年金改正のポイント解説、最終回の今回は「繰下げ受給可能年齢の選択肢の拡充」です。老齢年金は、本来の受給開始年齢は65歳で、70歳を上限として繰り下げて受け取り始めることができるのですが、2022年4月から、この上限年齢が75歳までに引き上げられることになりました。その内容をくわしく見てみましょう。

1受給開始年齢の選択範囲:「60歳~70歳」が「60歳~75歳」に

75歳からの繰下げ受給なら年金額は額面で1.84倍に

 老齢年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)には、「繰上げ受給」「繰下げ受給」という制度があることはご存じかと思います。(第6回『年金の繰上げ受給は慎重に』第15回『繰下げ受給のデメリットとは?』参照)
 簡単に説明しますと、本来65歳から支給される老齢年金は、60歳から65歳になるまでの間に繰り上げて受け取り始めることも、66歳から70歳までに繰り下げて受け取り始めることもできるという制度です。年金額は、繰り上げた分だけ減額され、繰り下げた分だけ増額されます。

【図表1】現行制度の繰上げ受給と繰下げ受給

●繰上げ受給 : 年金の減額率=(繰上げ請求月~65歳になる前月までの月数)× 0.5%

繰上げ請求月 減額率 受給率(本来の年金に対して)
60歳0ヵ月~11ヵ月 30.0~24.5% 70.0~75.5%
61歳0ヵ月~11ヵ月 24.0~18.5% 76.0~81.5%
62歳0ヵ月~11ヵ月 18.0~12.5% 82.0~87.5%
63歳0ヵ月~11ヵ月 12.0~6.5% 88.0~93.5%
64歳0ヵ月~11ヵ月 6.0~0.5% 94.0~99.5%

●繰下げ受給 : 年金の増額率=(65歳になる月~繰下げ請求月の前月までの月数)× 0.7%

繰下げ請求月 増額率 受給率(本来の年金に対して)
66歳0ヵ月~11ヵ月 8.4~16.1% 108.4~116.1%
67歳0ヵ月~11ヵ月 16.8~24.5% 116.8~124.5%
68歳0ヵ月~11ヵ月 25.2~32.9% 125.2~132.9%
69歳0ヵ月~11ヵ月 33.6~41.3% 133.6~141.3%
70歳0ヵ月 42.0% 142.0%

 今回の改正により、繰下げ受給の受給開始年齢の上限が70歳から75歳に引き上げられることになりました(2022年4月施行)。1ヵ月あたり0.7%の増額率は変わりません。
 また、繰上げ受給の受給開始年齢の選択範囲に変更はありませんが、年金財政の中立を基本に最新の生命表等による試算結果を踏まえ、減額率が現行の0.5%から0.4%に緩和されます。

【図表2】改正後(2022年4月施行)の繰上げ受給と繰下げ受給

●繰上げ受給 : 年金の減額率=(繰上げ請求月~65歳になる前月までの月数)× 0.4%

繰上げ請求月 減額率 受給率(本来の年金に対して)
60歳0ヵ月~11ヵ月 24.0~19.6% 76.0~80.4%
61歳0ヵ月~11ヵ月 19.2~14.8% 80.8~85.2%
62歳0ヵ月~11ヵ月 14.4~10.0% 85.6~90.0%
63歳0ヵ月~11ヵ月 9.6~5.2% 90.4~94.8%
64歳0ヵ月~11ヵ月 4.8~0.4% 95.2~99.6%

●繰下げ受給 : 年金の増額率=(65歳になる月~繰下げ請求月の前月までの月数)× 0.7%

繰下げ請求月 増額率 受給率(本来の年金に対して)
66歳0ヵ月~11ヵ月 8.4~16.1% 108.4~116.1%
67歳0ヵ月~11ヵ月 16.8~24.5% 116.8~124.5%
68歳0ヵ月~11ヵ月 25.2~32.9% 125.2~132.9%
69歳0ヵ月~11ヵ月 33.6~41.3% 133.6~141.3%
70歳0ヵ月~11ヵ月 42.0~49.7% 142.0~149.7%
71歳0ヵ月~11ヵ月 50.4~58.1% 150.4~158.1%
72歳0ヵ月~11ヵ月 58.8~66.5% 158.8~166.5%
73歳0ヵ月~11ヵ月 67.2~74.9% 167.2~174.9%
74歳0ヵ月~11ヵ月 75.6~83.3% 175.6~183.3%
75歳0ヵ月 84.0% 184.0%

 つまり、これまでの繰下げ受給では最大5年間であった繰下げ幅が、最大10年間に拡大されるということです。5年繰り下げた場合、年金額は42%増になりますが、10年繰り下げた場合、年金額は84%増となります。たとえば、本来の年金額が100万円の場合、70歳から受け取り始めるのなら142万円、75歳から受け取り始めるのなら184万円となるわけです。

 また、繰上げ受給については、減額率がわずかながら緩和され、最大5年間繰り上げた場合、これまでの30%減から24%減となります。たとえば、本来の年金額が100万円を60歳から受け取り始める場合、これまでは70万円に減額されましたが、改正施行後は76万円となります。

繰上げ・繰下げは損得論ではなく選択肢の一つとして考える

 「繰上げ受給の減額率」「繰下げ受給の増額率」は、何歳から年金を受け取り始めても、年金財政に中立となるように設定されていますが、もちろん個人においては、長生きすればするほど、できるだけ遅くから年金を受け取り始めたほうが受給総額は多くなります。

【図表3】繰上げ受給の「損益分岐点」の例

(※本来の年金額を100万円として計算)

●現行の減額率(0.5%):およそ77歳より長生きすると本来受給の受給総額が多くなる

65歳からの本来受給 100万円×12年(77歳-65歳)= 1,200万円
60歳から繰上げ受給   70万円×17年(77歳-60歳)= 1,190万円

●改正後の減額率(0.4%):およそ81歳より長生きすると本来受給の受給総額が多くなる

65歳からの本来受給 100万円×16年(81歳-65歳)= 1,600万円
60歳から繰上げ受給   76万円×21年(81歳-60歳)= 1,596万円

 5年前倒しして60歳から繰上げ受給する場合、現行の減額率ですと、77歳を過ぎたあたりで、65歳からの本来受給の総額を下回ることになります。減額率が緩和された改正後の場合、本来の受給総額を下回るのは、4年ほど後の81歳を過ぎたあたりになります。
 減額率が緩和され「損益分岐点」が延びることで、繰上げ受給を希望する人が増加する可能性があります。しかし、繰上げ受給には、次のような大きなデメリットがありますので、何歳まで生きるかわからない仮定の話を前提とした損得論にとらわれることなく、慎重に判断することが重要です。くわしくは、第6回『年金の繰上げ受給は慎重に』を参照してください。

1.繰上げ受給によって減額された年金額は一生変わらない

2.繰上げ受給後に障害の状態になっても障害基礎年金が受け取れない

3.繰上げ受給後、65歳前に遺族厚生年金の受給権が発生した場合、65歳までは繰上げしている老齢基礎年金か遺族厚生年金のどちらかを選択しなければならない

 それでは、繰下げ受給の「損益分岐点」について見てみましょう。

【図表4】繰下げ受給の「損益分岐点」の例

(※本来の年金額を100万円として計算)

●70歳から繰下げ受給:およそ82歳より長生きすると本来受給の受給総額より多くなる

65歳からの本来受給  100万円×17年(82歳-65歳)= 1,700万円
70歳から繰下げ受給  142万円×12年(82歳-70歳)= 1,704万円

●75歳から繰下げ受給:およそ87歳より長生きすると本来受給の受給総額より多くなる

65歳からの本来受給  100万円×22年(87歳-65歳)= 2,200万円
75歳から繰下げ受給  184万円×12年(87歳-75歳)= 2,208万円

 これまでの繰下げ受給の上限年齢は70歳で、年金額を最大1.42倍にすることができました。この場合、およそ82歳より長生きすると、受給総額という意味では本来受給より得することになります。ちなみに、65歳の男性の平均寿命は84.7歳です(平成30年簡易生命表より)。
 今回の改正により上限年齢は75歳に引き上げられ、年金額を最大1.84倍にすることができるようになりました。およそ87歳より長生きすると本来受給より得することになります。ちなみに、65歳の女性の平均寿命は89.5歳です(同表より)。
 しかし、第6回第15回でも解説しているように、受給総額を比較して損得を論じることにはあまり意味がありません。何歳まで生きられるのかは誰にもわかりませんし、生きている間の生活のあり方も人それぞれだからです。
 75歳まで年金を受け取らずに生活できる人は、相応に資産や収入がある人でしょう。そういう人が、75歳以降の年金を大きく増額させることで将来の安心感を増したいという判断をするのであれば、今回の選択範囲の拡大には意味があると言えるでしょう。
 ただ、現在でも66歳~70歳の繰下げ受給を選択している人は1%台しかいません。上限年齢を75歳に引き上げても、71歳~75歳の繰下げ受給を選択する人はそれほどいないのではないかと思われます。

point

1.繰下げ受給の上限年齢が、現行の70歳から、75歳に引き上げられる(2022年4月施行)

2.繰上げ受給の減額率が、現行の1ヵ月0.5%から、1ヵ月0.4%に緩和される(2022年4月施行)

3.損益分岐点や受給総額を比較して繰上げ受給・繰下げ受給を検討するのではなく、自分の収入や生活のあり方を踏まえて慎重に判断することが重要である

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