さて、前回は「年収の壁」の基本的なことを解説させていただきました。
実は「壁」の中でも大きなものの一つ、「社会保険130万円の壁」が大きく変わりつつあります。
特にこの「壁」を気にしながら働く時間を調整している方にとっては大きな改正となりますので、ぜひ今回のコラムの内容をしっかり理解していただきたいです。
この改正の目的として、社会保険の適用対象者を増やすということがあります。
実際、日本の社会保障費は年々増えており、財政的にも決して明るい見通しはありません。さらに言えば、もともと「会社員と専業主婦」という組み合わせを念頭に置いた社会保険の仕組みが、もはや共働き世帯が半数を超えた時代に合わなくなってきているとも言えるでしょう。
今回の法改正を「お金を多く取られる」とネガティブに話す方がいらっしゃいますが、社会保険に加入できる優位性なども理解して、客観的に捉えていただきたいと思います。
※本コラムは2024年11月15日現在の内容を掲載しています。ご理解ご了承を賜りますようお願い申し上げます。
この記事の目次
社会保険において配偶者の被扶養者になれる原則
『原則論』から押さえておきましょう。
年収の壁で問題になるのは、家族の誰か(主に配偶者)が社会保険の第2号被保険者である場合です。社会保険とは「健康保険」と「厚生年金保険」の総称で、主に会社員の場合に第2号被保険者となります。
なお、自営業者が主である第1号被保険者が配偶者である場合は、そもそも“扶養”という概念が無いため、壁の問題はおきません。
その第2号被保険者の「被扶養者」となれば、追加の保険料の負担なしに健康保険証を受け取ることができ、被保険者と同じ窓口3割負担で健康保険による治療などを受けることができます。
また、「被扶養者」が配偶者であれば、年金保険も第3号被保険者となり、やはり追加負担なしに年金制度に加入できます。
配偶者が被扶養者になれる要件がこちらになります。
●年間収入が130万円未満(60歳以上または障害者の場合は年間収入180万円未満)
かつ、
①同居の場合:収入が扶養者(被保険者)の収入の半分未満
②別居の場合:収入が扶養者(被保険者)からの仕送り額未満
なお、75歳以上になると、後期高齢者医療制度に加入するため、被扶養者からは外れます。
また、「年収」とは、実際に支払われた額ではなく、被扶養者に該当する時点および認定された日以降の年間の見込み収入額のことをいいます。
前回のコラムでは「社会保険の年収は未来を見る」と解説させていただきました。
また、被扶養者の収入は、失業等給付(求職者給付)、公的年金、傷病手当金や出産手当金も含まれます。
社会保険加入の適用範囲の拡大が進んでいる
冒頭にも触れたように、社会保険の加入者の拡大が進んでいます。
裏を返せば、これまで被扶養者として扱われていた方が社会保険加入の対象者になるということです。
要件は以下の通りです。
なお、①の要件にあてはまる事業所を「特定適用事業所」といい、通常の社会保険適用要件には当てはまらないが、以下のすべての要件にあてはまる方を「短時間労働者」といいます。「短時間労働者」に当てはまった場合は、社会保険に加入することになるので、被扶養者からは外れます。
●社会保険加入の要件
①従業員が51人(2024(令和6)年10月から)以上
②週の所定労働時間が20時間以上
③2ヶ月を超える雇用の見込がある
④所定内賃金(毎月受け取るお給料のこと)が月額8.8万円以上
⑤学生ではない
まずは、④にご注目ください。
月額8.8万円以上ということは年間だとおおよそ106万円になります。
このことから「106万円の壁」と呼ばれます。
つまり、前述した「特定適用事業所」にお勤めの方の場合、130万円だった壁が106万円まで低くなるということです。
もう少し社会保険加入要件を詳しくみてみましょう。
上記の①の要件ですが、こちらが冒頭からお話している改定内容です。2024(令和6)年10月から改正されました。
2016(平成28)年10月に従業員501人以上の適用事業所で始まったこの制度ですが、これが2022(令和4)年10月に従業員101人以上となり、今回の改正で従業員51人以上になったという流れになります。
どんどん社会保険適用の対象者が広がっていることがご認識いただけると思います。
また、②から④は雇用契約書で判断が可能です。ご自身の雇用契約書をご確認ください。
そして、⑤は一般的に高校、大学、短大、専修学校の生徒が⑤の「学生」の対象となり、上記の要件から外れます。通信制、定時制の学校、あるいは休学中の場合は、⑤の学生にはあてはまりません。
なお、特定適用事業所の要件に当てはまらなくても、労使合意のうえで特定適用事業所になることが可能です。これを「任意特定適用事業所」と言います。
「任意特定適用事業所」に既になっている会社に入った場合、短時間労働者だからといって社会保険加入は拒否できませんので、入社時には社会保険加入の有無をしっかりとチェックしてください。
社会保険は加入した方がおトクという考え方
では、「106万の壁」を超えた方が社会保険に加入した場合はどうなるのでしょうか。
「手取り額」という観点では、正直言えば一時的に下がります。
なぜなら、毎月保険料を払わなければいけなくなるからです。
例えばこれまで年収120万円(月額10万円)で被扶養者だった方の勤務先が、特定適用事業所になって社会保険に加入をする場合、120万円の方の社会保険料は協会けんぽ加入の会社で約13,000円です(地域や年齢によって揺れがあります)。
これを「手取り額」で取り返すことを考えると、13,000円より多い金額を月に稼がなければいけません。
ただし、あまり「手取り額」の損得だけで考えていただきたくもありません。
保険に加入するわけですから、当然、ご自身に何かあれば、保険金が支払われます。
例えばケガや病気で仕事ができなくなれば、健康保険で「傷病手当金」を受け取ることができますし、障害状態となれば「障害厚生年金」や一時金である「障害手当金」の公的年金を受け取ることができます。
無事に老人になったとしても、厚生年金加入となるので、被扶養者であった時代よりも多く年金を積み立てることができます。税と違って取られっぱなしというわけではないのです。
※厚生労働省:「社会保険加入のメリット」より抜粋
社会保険加入を促す助成金もあれば、年収130万円以上になっても被扶養者になれる制度もある
とは言っても、現実的にはやはり社会保険加入の結果として今の「手取り額」が減るというのは抵抗がある方も少なくないでしょう。
そこで、厚生労働省は、社会保険加入となった社員に対して別途手当を支給するなど、「手取り額」が減らないような施策を行った会社に助成金を支給するなどの対策を出しています。
これらの対策は直接被保険者にお金が渡るわけではありませんが、事業主が賃上げをしやすくすることで、間接的に被保険者が社会保険加入しながら、同時に加入前の「手取り額」を確保できるようにしています。
一方でこれまで被扶養者だった方が、一時的に収入が上がることで被扶養者から外れ、手取り額が減ることを防ぐために、労働時間延長等に伴う一時的な収入変動による被扶養者認定の判断に際し、事業主の証明の添付による迅速な判断を可能としました。
つまり、一時的に年収130万円以上が見込まれる収入になったとしても、事業主の証明添付で社会保険加入しない(被扶養者のままでいれる)ことができます。
事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
概要
被扶養者認定においては、過去の課税証明書、給与明細書、雇用契約書等を確認しているところ、短時間労働者である被扶養者(第3号被保険者等)について、一時的に年収が130万円以上となる場合には、これらに加えて、人手不足による労働時間延長等に伴う一時的な収入変動である旨の事業主の証明を添付することで、迅速な被扶養者認定を可能とする。
※あくまでも「一時的な事情」として認定を行うことから、同一の者について原則として連続2回までを上限とする。
これらの施策は、社会保険への加入を国民の納得感をもって進めたいという国の意志の表れのように感じています。
今後もこのような施策が増えていく中で、徐々に社会保険加入の範囲は拡大することになると思われます。
『壁』は崩されつつある
おそらく「130万円の壁」がすべて「106万円の壁」に変わる日は遠くないでしょうし、最終的にはこの「106万円の壁」そのものがなくなるかもしれません。
そもそも『扶養被扶養』という考え方が既に時代に合っていません。
2022(令和4)年のデータでは、共働き家庭と専業主婦家庭の割合は2:1です。
現在は第2号被保険者と第3号被保険者の組み合わせの夫婦が44%に対し、第2号被保険者同士の夫婦が42%と拮抗しています。第2号被保険者同士の夫婦の割合が増えてきているので、この割合が逆転するのはすぐでしょう。
男女平等の考え方にもマッチします。
自分の保険は自分で賄う、若ければ若くなるほど、この考え方を自然に受け入れられる人の割合は増えていくのではないでしょうか。
今後の年金制度は改正待ったなしです。
次回は、社会保険に加入したらどうなるのか? 実際にシミュレーションしてみます。
お楽しみに!
執筆者プロフィール
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特定社会保険労務士
村田淳(むらたあつし)
ソフトウェア会社のコンサルタントを経て平成29年に開業。産業カウンセラーの資格を持ち、主に10人未満の企業を中心に、50社以上の顧問企業から、毎日のように労務相談を受けている。「縁を大事にする」がモットー。
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特定社会保険労務士
林良江(はやしよしえ)
板橋区役所年金業務に10年以上携わり、現在も同区資産調査専門員として勤務しながら、令和4年より障害年金を中心に事務所を開業。「ひまわりの花言葉;憧れ・崇拝・情熱」が自分のエネルギー源。
- 次回予告 -
「年収の壁」を学ぶ③
~年住協カンタン【年収の壁】シミュレーション~
次回、くらしすとEYEの年金を学ぶ【第33回】では、
"「年収の壁」を学ぶ③ ~年住協カンタン【年収の壁】シミュレーション~"
を更新予定でございます。
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