一元化が施行されておよそ半年が経過しました。
実務の年金相談では、年金事務所で共済組合の決定した特別支給の老齢厚生年金の年金額をウインドウマシンでみることができないなど、当初設計したとおりにシステムが稼働していない情報を聴きます。
今月号では、ご質問をいただいた事例について回答を申し上げます。引き続き、質問については受け付けておりますので、最後のご意見欄にご記入ください。なお、質問は一般論ではなく、具体的な事例で、対象者の生年月日・年金額・年金加入歴等をご記入ください。
一元化前に特老厚(一般厚年)が発生、一元化後に4号厚年の特老厚が発生したら、激変緩和措置はどうなるのか? 〜私学事業団に加入中の女性の場合〜
(1)年金相談員からの相談内容
【相談内容】
昭和30年3月28日生まれ女性。短大卒業後、民間に勤めた(一般厚年:
日本年金機構)あと、市役所で保育士として任用となり(市町村職員共済組合)、その後、結婚退職。子どもが独立したので、平成20年4月より私立学校法人の幼稚園の先生になり(私学事業団)、平成28年3月の現在も在職中です。
この方の激変緩和措置はどうなるのでしょうか?
なお、一般厚年の受給権の発生した当時(平成27年3月、60歳)の総報酬月額相当額は、30万円であり、現在も変わっていません。平成28年3月になり、61歳となって、地共済厚年と私学厚年の受給権が発生します。
(勤務年数、年金受給額等はフィクションです)
(2)年金加入図と年金見込額
相談内容から、相談対象者の【年金加入歴】と【年金見込額】は、図表1・図表2のようになります。
【図表1】年金加入歴
【図表2】年金見込額
(3)一元化前後の在職年金の支給停止額の算定(激変緩和措置の適用判定)
一元化前の在職老齢年金の支給停止および一元化後の在職年金の支給停止の算定方法など、基本的な事項については、すでに『年金広報』の平成27年9月号で記してありますので、ご参照ください。
▶ /nenkin-kouhou/vol30/pro-lecture/pro-lecture-02.htmlなお、激変緩和措置などの詳細を知りたい方は、長沼明著『年金相談員のための被用者年金一元化と共済年金の知識』(日本法令)をご参照ください(拙著は、自治体の図書館に入庫している事例が多いと聞いています。図書館からお借りすることもできますし、あるいは「amazon」「honto」などで購入することもできます)。
【一元化前の支給停止額】
■厚生年金:私学事業団に加入中のため、支給停止なし
厚生年金の基本月額1万円は、私学事業団に加入中のため、一元化前は支給停止はありません。したがって、低在老などの支給停止の算定式を用いるまでもありません。
【一元化後の支給停止額】
■本来の支給停止額(原則)
(30万円+1万円−28万円)÷2=15,000円
一元化前にいずれか1つの年金受給権が発生しており、一元化の施行日をまたいで、在職中であるので、激変緩和措置が適用となります。
激変緩和措置については、次のように、①上限1割と②35万円保障と③本来の支給停止額(原則)を比べ、一番少ない金額が一元化後の支給停止額となります。
<激変緩和措置の適用>
一元化が施行された平成27年10月時点では、特別支給の老齢厚生年金の年金額・月額1万円は、支給停止されることなく、全額支給されます。
(4)一元化後に3号厚年・4号厚年にもとづく
特別支給の老齢厚生年金の受給権が発生したときは、どうなるのか?
この状態で、一元化後の平成28年3月に、3号厚年期間にもとづく特別支給の老齢厚生年金(地共済厚年)と4号厚年期間にもとづく特別支給の老齢厚生年金(私学厚年)の受給権が発生した場合は、在職年金の支給停止額の算定はどうなるのでしょうか?
なかなかむずかしい事例です。激変緩和措置の適用も判定に悩むところです。
本来の支給停止額(原則)は、3号厚年期間にもとづく特別支給の老齢厚生年金(地共済厚年:月額2万円)と4号厚年期間にもとづく特別支給の老齢厚生年金(私学厚年:月額1万2500円)の受給権が発生したので、次のように算定します。
■本来の支給停止額(原則)
{30万円+(1万円+2万円+1万2500円)−28万円}÷2=31,250円
◆激変緩和措置の適用の判定
一元化前にいずれか1つの年金受給権が発生しており、一元化の施行日をまたいで、在職中という要件を満たしているので、激変緩和措置が適用となります(適用にならない事例については、(6)を参照)。
すなわち、本事例については、一般厚年が一元化施行前に受給権が発生しているため、地共済厚年および私学厚年についても、激変緩和措置の対象となります。
ただし、激変緩和措置を適用する場合には、一元化前の支給停止額(調整前支給停止額)を、次のように計算して用いることとされています。(一元化前に受給権が発生していたとみなして、支給停止額を算定すると考えるとわかりやすいかと思います。)
ここがなかなかむずかしいところです。
<激変緩和措置の適用>
(5)支給停止額を各実施機関の年金額で按分、経過的職域加算額は?
【一元化後の支給停止額を按分】
支給停止額が16,250円と求められました。
この支給停止額を、各実施機関から支給される基本月額の合計額を分母とし、各実施機関ごとに支給される基本月額の年金額を分子において按分すると、各実施機関の支給停止する年金額が求められます。次のようになります。
【支給停止額を各実施機関ごとに按分】
ⓐ一般厚年 16,250円×(1万円)/(1万円+2万円+1万2500円)=3823.52円≒3,824円
ⓑ地共済厚年 16,250円×(2万円)/(1万円+2万円+1万2500円)=7647.05円≒7,647円
ⓒ私学厚年 16,250円×(1万2500円)/(1万円+2万円+1万2500円)=4779.41円 ≒4,779円
(なお、支給停止額を求める算定式は、法律上は年単位である。ここでは、激変緩和のしくみを理解するため、月単位で計算しているので、端数処理についても厳密ではありません。以下、同じ。)
これらの算定式により、各実施機関から支給される基本月額の支給停止額を求めることができました。
【それぞれの実施機関から支給される年金額(月額単位)】
各実施機関から支給される年金額は、次のとおりとなります。 |
A 日本年金機構(特別支給の老齢厚生年金) |
10,000円−3,824円=6,176円 |
B 全国市町村職員共済組合連合会 (特別支給の老齢厚生年金・経過的職域加算額) |
(20,000円−7,647円)+2,000円=14,353円 |
C 私学事業団(特別支給の老齢厚生年金) |
(12,500円−4,779円)+(0円)=7,721円 |
<私学事業団に加入中のため、経過的職域加算額1,250円は支給停止となるため、0円表示とした> |
合計(A+B+C) 6,176円+14,353円+7,721円=28,250円 |
<激変緩和措置が適用されるかどうか、経過的職域加算額が支給されるかどうかは、
拙著『平成28年度版 一元化ガイドシート』
社会保険研究所 ¥350円(税別)にコンパクトにまとめられており、計算式も例示されていますので、年金相談会に持参すると便利です>
▶
http://www.shaho.co.jp/shaho/shop/search.php?Bc=33702
【一元化前後とその後を比較すると(月額単位)】
一元化前は、私学事業団に加入していましたので、一般厚年が月額1万円、支給停止なしで、全額支給されていました。 一元化施行後も61歳となる平成28年3月までは同じでしたが、平成28年3月に地共済厚年・月額2万2千円(基本月額2万円+経過的職域加算額・月額2千円)と私学厚年・月額1万3750円(基本月額1万2500円+経過的職域加算額・月額1250円)の受給権が発生し、トータルで、4万5,750円の年金額を受給できる予定だったのですが、激変緩和措置による支給停止額16,250円と自制度加入による経過的職域加算額の支給停止額1,250円で、トータルで1万7,500円が支給停止となり、月額支給される年金額は2万8,250円となり、一元化前の1万円から比べると、新たな年金受給額は3万5,750円が増えましたが、実際に受給できる金額として増えたのは、1万8,250円ということになります。
(6)激変緩和措置が適用されない事例とは?
激変緩和措置は、一元化前にいずれかひとつの年金の受給権が発生しており、かつ、一元化の施行日をまたいで在職している年金受給者に適用されます。ただし、次のような事例には、適用されませんので、注意が必要です。
たとえば、1号厚年に基づく厚生年金の受給権者が、一元化の日をまたいで、厚生年金保険の被保険者(1号厚年)であり、一元化後に、たとえば、3号厚年期間にもとづく厚生年金の受給権が発生したような場合には、激変緩和措置の適用とはなりません。
一元化施行の時点で、激変緩和措置の適用を受ける年金の受給権が発生していないのだから、その後に受給権の発生する年金についても、激変緩和措置の適用はない、と理解するとわかりやすいかもしれません。
詳しい事例は、長沼明著『年金相談員のための被用者年金一元化と共済年金の知識』(日本法令)の214ページ・215ページをご参照ください。