「在職老齢年金」の解説、2回目です。
「在職老齢年金」は、結局、どのように説明しても、受け取れるはずの年金額が減るだけなので、受給者側(年金をもらう人)に不利になる制度です。
なぜ、このような制度が導入されているのでしょうか。
一緒にその歴史を見ていきましょう。
この記事の目次
元々、年金は会社をリタイアした人が対象だった
元々、「老齢年金」は労働者であることをリタイアした人が受け取ることが想定されていました。
つまり、在職者(会社に勤務している方)は「老齢年金」を受け取れない制度であったのです。
しかし、年齢を経ることで、大きく報酬が落ち込むこともあります。
そこで、1965(昭和40)年に当初の考え方を転換し、新たに65歳以上の在職者にも支給される年金として、「在職老齢年金」を導入しました。
当時は金額に関係なく、本来の年金額の『2割』を支給停止するという単純なものでした。この時はまだ65歳未満の在職者は「老齢年金」を受け取れませんでした。
1969(昭和44)年には「在職老齢年金」を65歳未満の人にも適用し、給与(標準報酬)が一定額に満たない在職者については、『2割から8割』の老齢年金を支給することになりました。こうして、少しずつ、在職者への老齢年金支給が増えていったのです。
一方でこの仕組みでは、賃金が増加した結果、年金と賃金の合計が減るという逆転現象が起きることがありました。
いくつかの法改正を経て、この一律に老齢年金を一定の割合で減額する仕組みは廃止され、現在の上限を超えた金額から緩やかに老齢年金が減っていく方式に変わっていったのです。
時代により変わってゆく「在職老齢年金」の上限額
2000(平成12)年の改正では、「少子高齢化」が進行する中、年金制度を支える側を増やすため、厚生年金の被保険者の範囲が65歳から70歳に改められました。
これに伴い、満額支給となっていた65歳以上の在職者に、「在職老齢年金」が再び設定されました。
結果として60歳以上65歳未満の「在職老齢年金」と、65歳以上の「在職老齢年金」の2つの制度が同時に動くことになります。
このとき60歳代前半の「在職老齢年金」はその上限が低く、年金を受け取れても働けばすぐにその上限を超えてしまっていました。2020(令和2)年度まで続いたこの制度で、60歳代前半の在職老齢年金の上限値は28万円(※)でした。
(※)詳しくは弊協会ページ:『在職老齢年金』を学ぶをご覧ください。
時代の移り変わりで多くの人がそれまでよりも長く多様な形で働くようになります。
高齢期における労働環境も大きく変化します。
そうなると、60歳を超えても現役と同様に長く働きたい人にとって、この「在職老齢年金」は不利な制度であり、就労意欲を阻害しているという批判が大きくなってきました。
そこで、2020(令和2)年の法改正により、60歳代前半の比較的低い上限金額が廃止され、60歳以降の「在職老齢年金」の上限額はシンプルに一律(2024年度は50万円)になりました。
こうして、「在職老齢年金」は現在の「在職者でも年金を受け取れる例外的なルール」として今も形を変えながら存在し続けています。
◆「在職老齢年金」の歴史と主な改正点
1954(昭和29)年 | 年金制度の創設:在職中は年金を支給しない |
1965(昭和40)年 | 「在職老齢年金」の導入 ※65歳以上:支給割合8割(2割の停止) ※60歳台前半は引き続き年金をしない |
1969(昭和44)年 | 「在職老齢年金」を60歳台前半にも拡大 ※支給割合:2~8割 |
1985(昭和60)年 | 65歳以上:年金を全額支給 |
1994(平成 6)年 | 60歳台前半:賃金の増加に応じた措置に改正 ※ただし、就労の場合は2割の支給停止 |
2000(平成12)年 | 65歳以上:在職中の年金支給停止を導入 ※基礎年金は対象外とする |
2004(平成16)年 | 60歳台前半:一律2割の年金支給停止を廃止 |
2020(令和 2)年 | 60歳台前半を65歳以上基準に合せる措置の導入 ※60歳台前半の支給停止基準の緩和 |
数字でみる「在職老齢年金」の問題点
では、どれくらいの人がこの「在職老齢年金」の制度にて年金をもらっているのでしょうか。
下の日本年金機構のホームページに掲載されているグラフをご覧ください。
※日本年金機構HPより抜粋
上記は、65歳以上の年金受給者で働いている方(2020(令和2)年当時:248万人)が月に「年金」と「賃金」を併せていくらもらっているかを集計したグラフになります。
2020(令和2)年の段階で、統計上では在職している65歳以上の方は、年金額と給与の金額(報酬額)の合計で20万円以上~24万円未満という方が一番多いという結果です。
当時の「在職老齢年金」の上限額:48万円を超えている方は全体で41万人です。これは在職者(働いている人)の実に17%、年金をもらっている人全体では1.5%になります。
全体で考えると100人に1~2人程度なので、非常に例外的な方とも言えるでしょう。
また、24万円のところをピークに緩やかに下がっていますが、47万円のところだけ、少し人数が多くなっているのがわかります。
これは、「在職老齢年金」の上限を超えて、年金額が満額もらえないのを避けるために調整していることが疑われます。
つまり、せっかくもっと働いて報酬を増やせる方が、あえてそれをしていないことになります。日本全体で見れば、貴重な労働力を削いでいると言えるでしょう。
「在職老齢年金」はこのように、労働意欲を減退させる原因であると批判されるようになりました。
とは言っても、上限値の廃止については、上限値を超える高所得高齢者の優遇になるという観点で否定的な意見もあります。
この議論は、高齢労働者が増えていくに従って活発になるでしょう。
今後の年金関係のニュースにも注目していきたいところです。
働くことへのモチベーションを少しでも高く
「高齢者の労働意欲を減退させている」と前章で述べましたが、何も対策をしていない訳ではありません。
それが、2022(令和4)年から開始された「65歳以上の在職定時改定制度(※)」です。
従来、65歳以上で「老齢厚生年金」を受け取っている人が会社に勤めている場合、退職または70歳にならないと「老齢厚生年金」の年金額に反映されませんでした。
つまり、せっかく年金を受け取れる年齢で働いていても、その働いている間は年金が増えなかったのです。
「65歳以上の在職定時改定制度」の開始により、退職時だけではなく、在職中も年に1回、10月分(12月振込分)から年金額が改定されることになりました。
つまり、1年間働いた結果がすぐに年金額に反映されることになったということです。この制度の適用により、働きながら年金額を増やすことを実感できるようになったのです。
働いて年金保険料を納めているならば、少しでも早く年金額に反映させたいのは、皆さん共通の思いでしょう。特に年金を実際受け取っている65歳以上の方なら、なおさらです。
当初は、高齢で働いていても、まったく老齢年金に反映されなかったことを考えると、この充実ぶりには年金の仕組みの進化が窺えます。この改定は、高齢でも働き続けることのモチベーション維持にもつながることでしょう。
(※)「65歳以上の在職定時改定制度」の詳しい内容は、下記ページをご覧ください。わかり易く解説しています。
『65歳以上の在職定時改定制度』に学ぶ
年金は時代の変化に合わせている
今回は「在職老齢年金」の仕組みを中心に、その歴史の背景を解説させていただきました。そこには、時代の変遷によって変わる労働環境や価値観の反映に苦心する姿が見受けられます。
どのような方にも平等に、矛盾なく仕組みを作るというのはとても難しいものです。
それでいて複雑すぎて誰もが理解できないのでは意味がありません。
その考え抜かれた結果が今の制度なのです。
それでも、今の制度がベストであるということはできません。
さらに時代は動きます。年金制度は時代に合わせて変わるもの、という認識で年金制度への理解にあたっていただきたいと思います。
次回は、ツールを使って「在職老齢年金」の様々な試算を行います。
まだまだ働きたいとお考えの方には、実際にいくらの年金がもらえるのか?気になるところでしょう。
そんな方へ、カンタンに操作できる「在職老齢年金のシミュレーション」をご紹介します。
次回もお楽しみに!
執筆者プロフィール
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特定社会保険労務士
村田淳(むらたあつし)
ソフトウェア会社のコンサルタントを経て平成29年に開業。産業カウンセラーの資格を持ち、主に10人未満の企業を中心に、50社以上の顧問企業から、毎日のように労務相談を受けている。「縁を大事にする」がモットー。
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特定社会保険労務士
林良江(はやしよしえ)
板橋区役所年金業務に10年以上携わり、現在も同区資産調査専門員として勤務しながら、令和4年より障害年金を中心に事務所を開業。「ひまわりの花言葉;憧れ・崇拝・情熱」が自分のエネルギー源。
- 次回予告 -
「在職老齢年金」をもっと学ぶ③
~在職老齢年金を計算してみよう~
次回、くらしすとEYEの年金を学ぶ【第30回】では、
"「在職老齢年金」をもっと学ぶ③ ~在職老齢年金を計算してみよう~"
を更新予定でございます。
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