2繰上げ受給は「損得」よりもこれからの生活を見据えて

知っておきたい「繰上げ受給」のデメリット

 第3回『どんな年金が、いつ、もらえるのか?』などでも解説しているとおり、老齢年金は原則として65歳から受け取るものですが、65歳よりも早く、または遅く受け取ることができます。この仕組みはそれぞれ「繰上げ受給」「繰下げ受給」と呼ばれ、一般にもよく知られており、特に「繰上げ受給」をする人は相当の割合にのぼっています。
 とは言え、「繰上げ受給」の割合は年々低下しています。老齢基礎年金のみの受給権者について見てみると(※5年年金を除く旧法老齢年金の受給権者も含む)、直近のデータとして2017年度の「繰上げ受給」の割合は32.3%となっています。2007年度は46.2%でしたので、10年間で約14%も減っています。
 これにはいくつか理由が考えられますが、背景として、長生きすることに対する不安感が大きくなってきていることがあげられるのではないでしょうか。「繰上げ受給」の大きなデメリットの1つは、この「長生きリスク」が大きいことと言えます。
 それも含めて、「繰上げ受給」には3つの大きなデメリットがあります。

「繰上げ受給」の3大デメリット

1.繰上げ受給によって減額された年金額は一生変わらない

2.繰上げ受給後に障害の状態になっても障害基礎年金が受け取れない

3.繰上げ受給後、65歳前に遺族厚生年金の受給権が発生した場合、65歳までは繰上げしている老齢基礎年金か遺族厚生年金のどちらかを選択しなければならない(繰上げ受給のメリットがなく65歳以後も老齢基礎年金は減額されたまま続くデメリットしかないことになる可能性がある)

※そのほか、前述した「寡婦年金が受け取れない」や、「国民年金に任意加入できない・保険料の追納ができない」などのデメリットがあります。

1.繰上げ受給によって減額された年金額は一生変わらない

 前述のAさんのケースでも見たとおり、「繰上げ受給」をした場合、年金額は、65歳到達より前倒しした分、1ヵ月あたり0.5%減額されます。1年単位で見ると下表のようになります。

1年単位でみる「繰上げ受給」による減額率と年金額(※2019年度価格)

繰上げ受給の開始年齢 減額率 満額(780,100円)から減額した年金額
60歳から繰上げ(60ヵ月前倒し) 30.0% 546,070円
61歳から繰上げ(48ヵ月前倒し) 24.0% 592,876円
62歳から繰上げ(36ヵ月前倒し) 18.0% 639,682円
63歳から繰上げ(24ヵ月前倒し) 12.0% 686,488円
64歳から繰上げ(12ヵ月前倒し) 6.0% 733,294円

 つまり、5年(60ヵ月)前倒しして60歳から「繰上げ受給」をすると、本来受け取れるはずの年金額が3割カットされ、その年金額は一生変わりません。
 単純計算しますと、75歳あたりまでですと、60歳から「繰上げ受給」した場合の総額のほうが、65歳から本来の額を受け取った場合の総額を上回っていますが、76歳あたりで逆転し、その後は長生きすればするほどその差は大きくなっていきます。
 ちなみに、直近の簡易生命表によると、60歳~65歳の方は男性が84歳ほど、女性は89歳ほどが平均寿命になります。参考までに、その年齢までの年金の受取総額を比較してみると、下表のようになります。

60歳~65歳の方が平均寿命近くまでに受け取る年金額の比較(※2019年度価格)

60歳から繰上げ受給を
した場合の総額
65歳から本来の受給を
した場合の総額
男性(84歳まで受給) 13,651,750円 15,602,000円
女性(89歳まで受給) 16,382,100円 19,502,500円

 後述するように、単純に総額を比較して損得を論じる話ではありませんが、「繰上げ受給」を検討する際に押さえておきたいポイントであることは間違いありません。

2.繰上げ受給後に障害の状態になっても障害基礎年金が受け取れない

 国民年金に加入中に初診日のある病気・けがで障害の状態になったときには、1級または2級の障害基礎年金が支給されます。国民年金への加入を終えた後でも、初診日が60歳以上65歳未満の人には障害基礎年金が支給されることになっています。
 しかし、「繰上げ受給」をしている人には65歳未満でも障害基礎年金は支給されません。「繰上げ」とは言え老齢基礎年金を受給しているということは「65歳になった」と同様に見なされるということです。
 1級の障害基礎年金は年額975,125円、2級の障害基礎年金は年額780,100円です(それぞれ2019年度価格)。仮に60歳から「繰上げ受給」してまもなく障害の状態になってしまっても、受け取れるのは「繰上げ受給」の年金額(年額546,070円)ですから、その差は大きいものがあります。

3.繰上げ受給後、65歳前に遺族厚生年金の受給権が発生した場合、65歳までは繰上げしている老齢基礎年金か遺族厚生年金のどちらかを選択しなければならない

 ここでは詳細な説明を省きますが、「繰上げ受給」している65歳前の人に遺族厚生年金の受給権が発生した場合、65歳までは繰上げしている老齢基礎年金か遺族厚生年金のどちらかを選択しなければなりません。遺族厚生年金は、死亡した人の厚生年金加入期間(会社員期間)が短かったとしても300月は加入していたものとみなす保障があったり、中高齢寡婦加算によって、寡婦年金の額を上回ることが想定されますので、多くは遺族厚生年金のほうを選択するでしょう。つまり、「繰上げ受給」の老齢基礎年金は支給停止されます。
 しかし、前述したとおり、「繰上げ受給」によって減額された年金額は一生変わりません。65歳から受け取ることになる老齢基礎年金は減額されたものです。いたしかたないこととは言え、減額されてもいいから前倒しでもらおうとした年金は結局ほとんどもらえなかったにもかかわらず、65歳から受け取る年金は減額されている…というケースがありうるということです。

結局、損得だけでは語れない

 「繰上げ受給」の主なデメリットを見てみましたが、これらは言ってみれば「こうなったときに、繰上げ受給をしていた場合としていなかった場合を比べてみると、繰上げ受給をしていたほうが年金の総額が低い(損である)」という仮定の話です。

 「繰上げ受給」を考える方もさまざまです。経済的に困っているわけではないが貯蓄を取り崩したくなくて繰上げ受給を選択するという方も多いと聞きます。「体が弱く、あまり長生きするとは思えないから」という方もいます。減額はされたくないが収入が少ないからしかたなく生活費の足しとして繰上げ受給を選択するという方も多いでしょう。

 思っていたより長生きするとか、65歳になる前に障害の状態になったり配偶者を失ったりするとか、先のことはわかりません(相談者の方のように「わかっている場合」は別ですが、それでも、どんなケースでも「絶対」ということはありません)。

 長い老後の生活を考えて、繰上げ受給ではなく原則どおり65歳から受給していたが、70歳で亡くなってしまったという方が、「こんなことなら繰上げ受給をしておけばよかった」と嘆くかといえば、もちろんそんな意識はないでしょう。逆に、繰上げ受給を選んだ人が考えていた以上に長生きをして、「こんなことなら繰上げ受給をしなければよかった」と後悔する人もいるかもしれません。しかし、繰上げ受給をしたからこそ60歳からの生活を乗り切れて、こうして長生きすることができたとも言えるでしょう。

 結局、最終的な受取総額の多寡で損とか得とかを判断する話ではないのではないでしょうか?大事なのは、制度の仕組みをよく理解すること(わからなければ相談すること)、そのうえで、いろいろなリスクを踏まえたうえで、自分にできる生活、自分がしたい生活を選択することではないかと思います。

point

1.「繰上げ受給」には、①減額された年金額は一生変わらない、②障害基礎年金が受け取れなくなる、③遺族厚生年金との併給はできず、どちらかを選択しなければならない、などのデメリットがある

2.「繰上げ受給」を検討する際は、そのデメリットをよく理解したうえで、目先の損得ではなく、自分のこれからの生活を見据えて判断することが大事である

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