『「年金はいくらもらえるのか?」を学ぶ』の第3回は老齢厚生年金です。
『基礎編』と『応用編』、2回に分けて解説を進めてまいります。
今回は、『基礎編』です。
会社員などが加入する第2号被保険者の期間は、この「老齢厚生年金」に入っていることになります。
もっとも、公的年金加入者のうち約65%がこの第2号被保険者なので、過去に第2号被保険者だった方を含めると、ほとんどの方が関係されていると思います。
前回の「老齢基礎年金」に比べると、やや複雑に感じるかもしれませんが、基本は「その時の報酬に応じた年金が配分される」ということです。
それでは、一緒に学んでいきましょう。
この記事の目次
報酬(給与)が変わると厚生年金保険料も変わる
年金額を決めるために使われる報酬額(給与の金額)を「標準報酬月額(※)」と言います。
正直、「標準報酬月額」と言われてもピンとくる人はあまりいないと思います。
でも、会社にお勤めされている方(されていた方)は、全員、この「標準報酬月額」が決められています。
会社から毎月もらう「給与明細」を思い浮かべて下さい。その明細の中に、毎月のお給料やボーナス(賞与)から天引きされている「厚生年金保険料」があります。「結構、引かれているなあ」と皆さん思っているのではないでしょうか。
その「厚生年金保険料」は、「標準報酬月額」に保険料率をかけて算出されているのです。
(※)「標準報酬月額」の内容をもっと深く知りたい方は、弊協会サイトの下記ページをご覧下さい。
【保険料の計算方法】標準報酬とは?
では、その「標準報酬月額」はどのように決まるのでしょうか。
当然、給与というのは残業代やその他手当によって、必ずしも毎月一定とは限りません。
例えば、営業職等に従事される方は、インセンティブ(報奨金)などがあったりすると、毎月大きく上下していることも珍しくはないでしょう。
これらすべての給与額の上下を、そのまま計算してしまうと複雑化してしまい、管理するのがとても大変です。
そこで導入されたのが「標準報酬月額」という仕組みです。給与の平均額に応じて等級ごとに、その金額を定めて社会保険料の計算の基準としているのです。そのため、「標準報酬月額」は“仮の給与額”とも呼ばれています。
また、「標準報酬月額」は下記の2回のきっかけ以外は変えないようにしています。
●「標準報酬月額」の変更タイミング
①『算定基礎届』の提出 ‥‥
毎年4月~6月に支払われる報酬(お給料)をもとに決定されます。
②『月額変更届』の提出 ‥‥
下記の2つの要件を満たした時に改定されます。
A.固定給(毎月定額で支給されるもの)に変動がある。
B.変動があった月から3ヶ月の給与の平均から得られる等級(※)が前の等級と比べて2等級以上の差がある。
(※)等級‥‥
「標準報酬月額」を元に決定するもの。年金は1~32等級の中で決定される。
2023(令和5)年度の「標準報酬月額表」はこちら(日本年金機構HP)
●月額変更の例
(10月に10,000円昇給したと仮定)
端的に言えば、毎年1回「標準報酬月額」は改定を行い、かつ大きな給与の変動があれば、それに合わせて「標準報酬月額」も変わるということです。
この「標準報酬月額」の決定については、その他にもルールがありますが、まずはこの基本的なところを押さえてください。
歴史を知ると老齢厚生年金も理解しやすい
老齢厚生年金を語るうえで欠かせない転換点があります。
2003(平成15)年4月からの「総報酬制」の導入です。
元々は“月額給与”の金額をベースにこの「標準報酬月額」は決まっていました。
その中に賞与(ボーナス)は含まれておらず、それまでの賞与からは厚生年金保険料は控除されていなかったのです。
ただし、その代わりに「特別保険料」という保険料が徴収されていました。しかしながら、その料率はわずか1%であり、また、将来の年金額にも反映されませんでした。
この仕組みでは、同じ年収でも賞与の割合が多い人は保険料の負担は軽くなります。
また、在職老齢年金の計算からも賞与の額が外されるなど、不公平が生じてしまいます。
この不公平を解消するために、給与・賞与といった賃金の種類にかかわらず、年間の収入が同じであれば、納める保険料も同じになるように「総報酬制」が導入されたのです。
つまり、2003(平成15)年度以降は月給だけではなく、「総報酬制」の導入により年収の全体から老齢厚生年金の金額が反映されるようになったということです。
老齢厚生年金は2つの時期に分けて計算される
では、いよいよ老齢厚生年金の計算に入っていきましょう。
老齢厚生年金は、まず「報酬比例部分」+「経過的加算」+「加給年金額」という計算式で示されます。
うち、その金額のほとんどを占めるのが「報酬比例部分」です。(残りの2つは次回に解説させていただきます。)
報酬比例部分の計算式は下記の通りです。
報酬比例部分 = A + B
A:2003(平成15)年3月以前の加入期間
B:2003(平成15)年4月以降の加入期間
※日本年金機構HPから作成(一部修正)
詳細は下記の日本年金機構HPをご覧ください。
https://www.nenkin.go.jp/service/yougo/hagyo/hoshuhirei.html
2003(平成15)年を境に計算方法が変わっていることがわかります。
「総報酬制」導入“前”は給与のみが対象のために「平均標準報酬”月額”」、導入”後”は給与と賞与が対象となるため、「平均標準報酬”額”」と呼称が変わるのは、そのためです。
平均標準報酬”月額”は「平均月収」、平均標準報酬”額”は「年収の12分の1」と考えれば理解しやすいと思います。
そして、「総報酬制」の導入前後でそれぞれ計算した年金額の合計が「報酬比例部分」となるのです。
なお、7.125/1000や5.481/1000(※)は「生年月日の乗率」です。昭和21年4月1日以前に生まれた方については乗率が異なりますので、ご注意ください。
また、「報酬比例部分」の計算には従前額保証という考え方があります。
1994(平成6)年の水準で標準報酬を再評価し、年金額を計算したものです。
法改正の結果で年金額が下がらないようにする経過措置の意味合いです。
本来水準で計算した年金額と従前額保証で計算した年金額を比較して、高いほうの額が優先して支給されることになります。
報酬比例部分(従前額)=(A + B)× 1.014
A:2003(平成15)年3月以前の加入期間
B:2003(平成15)年4月以降の加入期間
※日本年金機構HPから作成(一部修正)
詳細は下記の日本年金機構HPをご覧ください。
https://www.nenkin.go.jp/service/yougo/hagyo/hoshuhirei.html
勘の良い方なら気づくかもしれません。
「この計算方法だと、どうしても従前額保障の方が高くならない?」ということです。
物価と賃金が昔と今とでは違いますので、数十年前の給与で決められた「標準報酬月額」で年金額を計算すると、今、受け取る方が不利になります。
そのため、現在の物価に合った年金額を受け取れるように調整をしてあげないといけません。その現在の価値に見直すことを再評価と言います。
「平均標準報酬(月)額」はこれまでの標準報酬額に再評価率というものを掛けています。
つまり、ここで記載されている「平均標準報酬(月)額」とは、単純な平均ではなく、現在の物価と賃金に合わせて補正されているのです。
本来水準とする報酬比例部分は、毎年度改定される再評価率を使うのに対し、従前保障額は1994(平成6)年改正時の再評価率を用いるため、同じ期間でも「平均標準報酬(月)額」が変わってくることになります。
よって、一概に従前保障額の方が高くなるとは言えないのです。
元々は物価と賃金が上がれば従前保障額は意味が無くなってくるという意図があったと思いますが、結果的には現在の老齢厚生年金の計算にも影響しているということでしょう。
ここでは、再評価率まで考えると相当に計算が複雑化しますので、とりあえず最初の報酬比例部分の計算を知っておいて、これに近い金額になる、と理解しておけば良いと思います。
なお、年金事務所では両方の試算を行ったうえで来所者に老齢年金の試算額を渡しています。正確な年金額を知りたい方は、最寄りの年金事務所等に照会するのが一番良い方でしょう。
具体的に計算してみよう
この章では、具体的に「報酬比例部分」の金額を計算します。
下記の《事例》をもとに計算してみましょう。
《事例》
Bさん
①昭和33年生まれのBさんは令和5年に65歳となり、老齢厚生年金を受け取ることになりました。
②Bさんは、昭和56年4月から会社員(サラリーマン)として勤め始めました。
転職歴もなく平成30年3月に定年を迎え、定年後はその会社に継続雇用されて5年間勤務しました。
③厚生年金期間は、正社員としての37年間と継続雇用として働いた5年間、合わせて42年間(504ヶ月)になります。
④お給料は勤務年数の長さに応じて、その支給額は増えました。
昭和56年4月~平成15年3月の平均月収は300,000円です。平成15年4月~平成30年3月の平均月収は500,000円でした。その間は年2回の賞与(ボーナス)があり、その額は平均月収の2ヶ月分です。
⑤なお、継続雇用された期間(平成30年4月~令和5年3月)の平均月収は300,000円です。支給額は下がりました。また、賞与の支給もありませんでした。
Bさん
《計算式》
では、Bさんの老齢厚生年金の支給額を計算してみましょう。
まずは、厚生年金の期間をわかり易くするため、“西暦”に直します。
・入社年月:昭和56年4月⇒1981年4月
・総報酬制の導入:平成15年4月⇒2003年4月
・60歳で定年退職し、継続雇用(嘱託)として勤務:平成30年4月⇒2018年4月
・継続雇用終了(Bさんは65歳):令和5年3月⇒2023年3月
わかり易く図にすると下記のとおりです。
《Bさんの厚生年金の加入期間》
まずは、2003年3月以前、「総報酬制」導入前の「報酬比例部分」を計算してみましょう。
この期間はボーナスを含めないので、平均月収をそのまま平均標準報酬月額とします。
・平均標準報酬月額:300,000円
次に、その間の厚生年金加入期間を確認します。
・厚生年金加入期間:1981(昭和56)年4月から2003(平成15)年3月までの期間で264ヶ月(12ヶ月×22年)
前述の「報酬比例部分」の計算式に当てはめます。
・300,000円×7.125/1,000×264ヶ月=564,300円 (A)
2003年3月以前(「総報酬制」導入前)の「報酬比例部分」は564,300円となります。
次に「総報酬制」導入後の計算をしましょう。
今度はボーナスも含まなければいけません。
まずは、正社員(ボーナスありの期間)として働いていた期間を確認します。
・厚生年金加入期間:2003(平成15)年4月から2018(平成30)年3月までの期間で180ヶ月(12ヶ月×15年)
正社員期間の平均月収は500,000円ですから、月収の総額は、
・500,000円×180ヶ月=90,000,000円 です。
ボーナスは年2回で平均月収の2ヶ月分です。2回×15年=30回分ですね。
・(500,000円×2ヶ月分)×30回=30,000,000円 となります。
従って、正社員の期間に受け取った給与の総額は下記のとおりです。
・90,000,000円+30,000,000円=120,000,000円
継続雇用された期間(5年)も忘れてはいけません。
・厚生年金加入期間:2018(平成30)年4月から2023(令和5)年3月までの期間で60ヶ月(12ヶ月×5年)
・300,000円×60ヶ月=18,000,000円
つまり、Bさんの2003年4月以降に受け取った給与の総額は、
・120,000,000円(正社員)+18,000,000(継続雇用)=138,000,000円
そうすると、Bさんの平均月収は、
・138,000,000円÷240ヶ月(正社員180ヶ月+継続雇用60ヶ月)=575,000円
となります。
本事例では、理解しやすくするため、平均月収=平均標準報酬額とします。
・平均標準報酬額:575,000円
前述した「総報酬制」導入後の「報酬比例部分」の計算式に当てはめます。
・575,000円×5.481/1,000×240ヶ月=756,378円 (B)
2003年4月以降(「総報酬制」導入後)の「報酬比例部分」は756,378円となります。
「報酬比例部分」の金額は、(A)と(B)を合算したものになりますので、
・564,300円+756,378円=1,320,678円/年(月額:110,057円)
上記がBさんの老齢厚生年金(報酬比例部分)の概算です。
いかがでしょうか。
実際にはここに再評価率による計算や、従前保障額の計算によって金額が変わる可能性がありますが、大きくはずれはしません。
ここでは、計算の考え方をご理解いただきたいと思います。
年金額が決まるまでには様々な要素がある
老齢厚生年金は再評価率や従前保障額などを突き詰めると複雑化しますが、支払った保険料に合わせて金額が決まるという基本を押さえておけば、そこまで理解に苦しむことも無いでしょう。
とは言っても、人生は長いです。
結婚や転職など、様々なライフステージの変化があります。
また年金制度も日本人のライフスタイルの変化によって変わってきました。それによって、様々な追加支給や例外的なルールが存在するのも事実です。
次回は、その追加支給および例外的なルールについて、もっと踏み込んで解説します。
次回の老齢厚生年金『応用編』にご期待ください!
執筆者プロフィール
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特定社会保険労務士
村田淳(むらたあつし)
ソフトウェア会社のコンサルタントを経て平成29年に開業。産業カウンセラーの資格を持ち、主に10人未満の企業を中心に、50社以上の顧問企業から、毎日のように労務相談を受けている。「縁を大事にする」がモットー。
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特定社会保険労務士
林良江(はやしよしえ)
板橋区役所年金業務に10年以上携わり、現在も同区資産調査専門員として勤務しながら、令和4年より障害年金を中心に事務所を開業。「ひまわりの花言葉;憧れ・崇拝・情熱」が自分のエネルギー源。
- 次回予告 -
「年金はいくらもらえるのか?」を学ぶ④
~加給年金等の応用編~
次回、くらしすとEYEの年金を学ぶ【第23回】では、
"「年金はいくらもらえるのか?」を学ぶ④ ~加給年金等の応用編~"
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