「高年齢者雇用安定法」が2013(平成25)年4月に改正され、希望すれば誰でも65歳までは雇用が継続されるようになりました。一方で、定年よりも前の早期退職を募る企業もあり、「増額された退職金をもらって早めに退職し、独立・起業してみようか」と、いわゆる『脱サラ』を志向する人も増えているようです。
そのように働き方は多様化していますが、会社員と非会社員の大きな違いの1つが、社会保険の適用です。『脱サラ』したら社会保険はどうなるのか?『脱サラ』を決断される前にいま一度、確認しておきましょう。
(※記載されている年金額は平成30年度の額です。)
この記事の目次
- ①年金は第2号から第1号へ
- ②家族の生活も視野に
1年金は第2号から第1号へ
脱サラが意味すること
最近よく耳にする早期退職(優遇)制度は、選択定年制とも呼ばれており、50歳から適用を開始する企業が多いようです(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」〔2017(平成29)年〕より)。いわば「リストラ」の一形態ですが、この制度を利用しているほとんどの企業が退職金に優遇措置を設けているため、独立・起業を検討していた人にとっては、転身を後押しする制度といえるでしょう。
もちろん、脱サラにはリスクもともないます。「会社員ではなくなる」ということは、安定的に得ていた収入がなくなるとともに、年金や医療保険など、加入していた社会保険において、給付や保険料の点でそれまで優遇されていた部分がなくなるということも意味します(表1)。
収入面についてはもとより承知の上でしょうが、暮らしのセーフティネットともいえる社会保険についても、しっかり認識しておくことが大切です。
表1 会社員と自営業の人の社会保険の比較
厚生年金への加入がなくなる
年金について見てみましょう。株式会社などの法人の事業所(事業主だけしかいない場合も含む)や従業員が常に5人以上従事している事業所には厚生年金保険への加入が義務づけられており、会社員は第2号被保険者になります。会社を辞めて「自営業」となれば、自分で国民年金に加入して第1号被保険者になります。
厚生年金保険に加入していれば、老齢年金・障害年金・遺族年金のいずれについても、国民年金に上乗せして厚生年金が支給されます※。老後の生活だけではなく、もしもの時に保障される額が変わってくることを、自分のケースに照らし合わせてしっかり考えておきましょう。
※遺族基礎年金は18歳の到達年度の年度末まで(1・2級障害がある場合は20歳未満)の子どもがある場合のみ支給されますが、遺族厚生年金は子どもの有無に関係なく支給されます。
将来の年金額は脱サラの期間分だけ下がる
通常、65歳になると老齢年金の支給が開始されます。自営業や、学生や専業主婦(夫)など無職の期間については国民年金から老齢基礎年金が、会社員の期間については厚生年金保険から老齢厚生年金が上乗せされて支給されます。
つまり脱サラして自営業などになった場合は、脱サラの期間については上乗せ分(老齢厚生年金)に反映されないということです。厚生年金保険に加入していた履歴は年金計算に含められますが、脱サラ後については国民年金しか計上されませんから、その分、トータルの年金額は下がることになります。
〈事例1〉
Aさん(55歳)は20歳のときから35年間働いていた会社を平成30年4月に辞め、自営業に転職した。Aさんには同い年の専業主婦の妻があるが、子どもはすでに独立して別居している。65歳になったとき、Aさんが受け取ることになる年金額は…?
(総報酬制※前の平均標準報酬月額を30万円、総報酬制後の平均標準報酬額を40万円とする。)
※2003(平成15)年3月までは賞与から保険料は納めず、月々の平均給与だけで年金額を計算していたが、同年4月以降は「総報酬制」といって月々の平均給与に賞与の1/12を足して年金額を計算するようになった。
◇Aさんが受け取ることになる老齢年金は──
●老齢基礎年金(満額) 779,300円(年額)
●老齢厚生年金(35年分) 300,000×7.125/1000×240ヵ月
+400,000×5.481/1000×180ヵ月
=907,632円(年額)
◎合計 1,686,932円(年額)
◇Aさんが65歳まで会社勤めをしていた場合の老齢年金は──
●老齢基礎年金(満額) 779,300円(年額)
●老齢厚生年金(45年分) 300,000×7.125/1000×240ヵ月
+350,000×5.481/1000×300ヵ月
=1,088,505円(年額)
◎合計 1,867,805円(年額)
※65歳まで働いたことで総報酬制後の平均標準報酬額が35万円に下がったと仮定。
⇒ 脱サラ後の老齢厚生年金の差額分(1年で180,873円)が少なくなります。
大きく変わってくる障害年金
脱サラした後に、予期せぬ事故で障害を負ってしまったら、障害年金はどうなるでしょう。会社員であれば、初診日から1年6ヵ月経過したところで、国民年金からは障害基礎年金が、厚生年金保険からは障害厚生年金が上乗せして支給されます。
しかし、自営業者の場合は、過去に厚生年金保険の加入歴があっても老齢年金のように過去の加入歴が加算されるということはなく、障害厚生年金は支給されません(初診日が会社員のときであった場合には支給されます)。したがって、どんなに会社員生活が長くても、脱サラ後に障害を負ってしまえば支給されるのは障害基礎年金だけとなります。脱サラした場合に備えておくべき大きなリスクの1つといえるでしょう。
〈事例2〉
事例1のAさん(同い年の妻がいる)は、脱サラ1年後に事故に遭い、初診日から1年6ヵ月が経過したところで、障害2級と診断された。Aさんが受け取れる障害年金の額は…?
◇Aさんが受け取ることになる障害年金は──
●障害基礎年金(2級) 779,300円(年額))
●障害厚生年金(2級) 0円
◎合計 779,300円(年額)
◇Aさんが会社を辞めていなかった場合の障害年金は──
●障害基礎年金(2級) 779,300円(年額)
●障害厚生年金(2級) 300,000×7.125/1000×240ヵ月
+400,000×5.481/1000×192ヵ月
+配偶者の加給年金額224,300円
=1,158,241円(年額)
◎合計 1,937,541円(年額)
※厚生年金保険加入期間中の総報酬制前の平均標準報酬月額を30万円、総報酬制後の平均標準報酬額を40万円とします(事故で退職)。
⇒ 脱サラしていた場合の障害厚生年金の差額分(1年で1,158,241円)が少なくなります。
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① 年金は第2号から第1号へ