秋の気配があちらこちらに漂い始めて、外に出るのが心地よい季節になりました。猛暑を避けて家に閉じこもりがちだった方や、ふと気がつくと外出する機会が少なくなっているという方も、皆さん、そろそろ外に出てみませんか。とはいうものの、「遠くに行くのは腰が重いし、お金もかかる」「目的を決めないと出かけられない」という方もいるかもしれません。そんなときは、何か自分なりのテーマを決めて、お近くでふらっとどこかに出かけてみることをご提案します。大きな理由はいりませんし、お金もかかりません。出かけてみれば面白い何かに出会い、心がはずむ。そんな「何か」や「きっかけ」探しのヒントをシリーズでお伝えします。
屋上の「森」に行ってみよう
そんな一例として、今回ご紹介するのは「屋上庭園」です。近年は、ヒートアイランド現象の緩和や都市の空気浄化など、環境への配慮から国土交通省が屋上緑化の普及に努めていますが、その魅力は何よりも気持ちがよく、楽しいということ。デパートなどの商業施設から、国や自治体の公共施設までさまざまなものがあり、広く無料で開放されているところも多く、一般の人も気軽に楽しめる「街のオアシス」になっています。今回は、豊島区役所の「豊島の森」(東京・豊島区)と、三井住友海上の「駿河台緑地」(東京・千代田区)を訪ね、その魅力を探りました。
1樹木のような建物、豊島区役所「豊島の森」
「森」から見下ろす街並み
豊島区役所庁舎。デザイン監修の隈研吾氏は、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場「新国立競技場」の設計を手がける
豊島区役所の庁舎は、東京都内で乗降客数トップクラスの池袋駅から徒歩10分程度。地下3階、地上49階建ての超高層ビルですが、上階は分譲マンションになっていて、区役所は1階の一部と3~9階に入っています。2015年5月に誕生したばかりのまだ新しい庁舎で、マンションとの一体型は全国初のスタイルです。
この建物の庁舎部分の屋上に庭園「豊島の森」はあります。10階でエレベーターを下りると、植物の緑と空の青が目に入ります。屋上スペースにあるため庭園自体は限られた広さですが、空はいつも見上げているよりもずっと広大で、両手を広げて顔を上げ、大きく深呼吸をしたくなります。
目線を下ろすと、正面の少し遠くのほうに新宿の高層ビル群、その右手に見える街並みのはるか遠くには、「天気がよい日には富士山が望めます」と豊島区役所の鈴木雄一郎さん。一方、左手には均整のとれた東京スカイツリーがすくっと立っているのが見えます。街なかの展望スペースは、室内からガラス越しに風景を楽しむところがほとんどですが、「豊島の森」は屋上にあるので眺望プラス開放感、爽快感も味わうことができます。
「豊島の森」から雑司ケ谷霊園を見下ろす
地域にあったかつての植生を再現
小川の左岸、紫色の花が男郎花
「豊島の森」を歩くと、屋上なのに土のにおいが感じられます。草花や樹木、その間を渡ってくる風、小川のせせらぎ、ときおり漂う花の香りに心が落ち着きます。
「ここには、かつて豊島区内に自生していた植物や河川環境などが再現されています。植生や生態など自然のしくみを観察できる場として、区内の小学生たちが勉強をしに来ることもあります」(鈴木さん)。また、豊島区で生まれ育った高齢者が、子どものころに身近にあった草花を懐かしんで訪れることもあって、「昔の風景を知っているから、ここに来ると何だか落ち着く」という声も聞かれるといいます。
植えられている野草や常緑樹、落葉樹は500種類に上り、季節の変化とともに森の景色は色に変えます。草花にはネームプレートが添えられていて、観賞しながら名前を覚えることができます。また、小川にはドジョウやアメンボがおり、別に設けられた水槽には、荒川水系に生息するギンブナやタナゴなどが泳いでいます。
ここに来てどんなところに気持ちが動くのかは、十人十色でしょう。花の好きな方は、素朴で可憐な野草に惹かれるのではないでしょうか。時期的に「女郎花(オミナエシ)」と「男郎花(オトコエシ)」が見ごろであることがプレートで紹介されていて、「女郎花は秋の七草の1つ」といった説明文も添えられています。
季節ごとに、植物の茂り具合は変わり、空も光の調子を変えます。さまざまな時間、それぞれの季節に、何度も訪ねてみることをおすすめします。
外階段を下りながら地形を体感
10階の外階段から。正面にはスカイツリー
グリーンテラス
庁舎の4階・6階・8階には、屋外に出られるテラス「グリーンテラス」が設けられ、10階からすべて外階段で結ばれています。現在はわかりにくくなっていますが、豊島区は、河川によって削られた台地や谷戸、崖線など、高低差のある地形。グリーンテラスでは、それぞれの階に、かつてそれぞれの高度にあった植生や水の流れが再現されており、上り下りすることでかつての自然環境を体感することができるようになっています。
おすすめは、まず10階の「豊島の森」を訪ねてから外階段を下り、各階のグリーンテラスを経て4階へと至るコースです。屋上では視線を遮るものがないので、一瞬、空に飛び出すような気持ちよさとスリルを覚えながら階段を下ります。その際、自然と街を見下ろすことになり、開放的な眺めを楽しむことができるでしょう。また、外階段からは建物の外壁を間近に見ることもでき、パネル部分に植物が植えられて建物の外観の印象をやわらげていることがわかります。
この間、10階から4階まで6階分、エレベーターを使わずに階段で上り下りするのはそれなりの運動量です。しかし、外の風を感じながら、高低差のある地形をゆっくり散策している気分で楽しむことができるに違いありません。
◎豊島区役所
【アクセス】
・池袋駅(JR線、東武東上線、西武池袋線、
東京メトロ副都心線・丸ノ内線・有楽町線)(徒歩9分)
・東池袋駅(東京メトロ有楽町線)(改札から徒歩3分)
・都電雑司ヶ谷駅(都電荒川線)(徒歩3分)
・東池袋四丁目駅(都電荒川線)(徒歩4分)
次のページでは、地域に開かれた緑地を目指して、屋上庭園を開放するだけでなく、地域の人のための屋上菜園を設けた三井住友海上の「駿河台緑地」についてご紹介します。
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① 樹木のような建物、豊島区役所「豊島の森」