女性にとって化粧はごく日常的な行為で、多くの人が高齢になってもその習慣を保っていますが、一方で、入院や介護をきっかけに、化粧をやめてしまう高齢者も少なくないといいます。しかし、高齢期には、化粧が、健康を支える手段になるとしたらどうでしょう。化粧を通じて介護予防を目指す「化粧療法」も開発され、化粧の持つ力に関心が集まっています。資生堂ジャパン株式会社の池山和幸さん(医学博士、介護福祉士)に、化粧を通じた介護予防についてお話を伺いました。

1化粧にはどんな力があるのか?

高齢期にこそ化粧を

池山 和幸 さん

池山 和幸 さん

 化粧といえば、もっぱら「顔に潤いや彩りを与えるもの」というイメージが強いかもしれません。つまり、生きるために必要不可欠ではないもの。医療や介護の現場では、まずは治療や身体介護が優先され、特に高齢者の場合、化粧の優先順位は低く見られがちです。しかし、化粧は単に顔を彩るだけのものではなく、心身に対する実際的な効果がさまざまにあり、特に高齢期にこそ、その効果が発揮されると池山さんは指摘します(図を参照)。

 「化粧をすると楽しい気分になるとか、人と会うときに自信が持てるようになるなど、化粧は人を元気にしてくれるものです。また、自分で化粧をすることによって脳が刺激を受け、認知機能への効果が期待できます。さらに、化粧品の容器を開け、中身を出し、顔に塗り、再び容器を閉めるという動作はある程度の力を必要とするもので、手や腕の筋力の向上につながります。顔に化粧品を塗ることは唾液腺のマッサージにもつながり、唾液の分泌を促します。つまり、口腔ケアにもなるわけです。

 化粧をするという動作は、もともと元気で筋力のあるときには大きな変化は生じません。筋力の衰えている高齢期だからこそ求められる『化粧の価値』があるのです。」(池山さん)

図 化粧療法の効果

図 化粧療法の効果

(資生堂ウェブサイトより。https://www.shiseido.co.jp/lifequality/effect/

自分の力で化粧をすること

 このような高齢期の化粧の効果に着目して資生堂が開発したのが「化粧療法」です。同社では、医療機関や介護施設などに講師を派遣して、介護予防を目的とする高齢者向けのセミナー(化粧アクティビティー)「いきいき美容教室」を実施しています。また、一般の人や専門職向けに、化粧療法のスキルを学ぶ「ADL向上のための整容講座」も実施しています。

 同社による「化粧療法」の最大の特徴は、極力自分の力で化粧をするということ。講師の役割は、化粧を施すことではなく、あくまでも参加者自身が行う化粧のサポートをするにすぎません。これは、高齢者が自分の身体を使って筋力をアップさせることが化粧療法の目的になっているからですが、同時に、プロに化粧をしてもらったときと、自分で化粧をしたときとでは、満足感に大きな差が生じるからだといいます。

 「私たちの調査では、年齢によって感じ方に違いがあることがわかっています。若いうちはプロに化粧をしてもらった自分を見てより大きな満足を感じる(脳が活性化する)のですが、60代以降になると自分でやったほうが満足感は高くなる傾向があります。60代以降では、他人にメークされたきれいな自分を見ても、『これは私ではない』と感じてしまう。これに対して、自分のメークをほめてもらうと『うれしい』と感じるという結果が出ています。つまり、自分でやらないと十分な満足は得られず、長続きしません。

 教室では、身体の一部に麻痺がある方や認知症の方でも、当日の状況を見極めたうえで、なるべく自分で化粧をしていただきます。もちろん手助けはしますが、私たちの役割は、あくまでも環境を整えること。周囲が『まさかできないだろう』と思っている方でも、若いときから続けてきたことですから、体が覚えています。本人がやりたがらないというよりも、周囲が『できない』と思い込んでやらせないだけかもしれません。高齢になって『化粧はもう十分』とおっしゃる方でも、よくよく尋ねてみると『やっぱりきれいになりたいわ』と答えるものです。」(池山さん)

男性も参加、その反応が支えに

 では、家族など身近な人に何かできることはあるでしょうか。池山さんは、「ほめて支えてあげること」を挙げます。
 「特に夫や息子さんなど男性が介護する立場にある場合、照れもあって、高齢女性の化粧ついて心ない言葉を口にしてしまうことがあります(『今さら化粧なんて』など)。でも、これはよくありません。高齢になると、できることでも、やらなくなればできなくなります。いまできることを周囲が見極めて、本人にためらいがあれば背中を一押しする。そして、実際にできたときには、ほめてあげる。化粧をするのは、美容のためだけではありません。これが、健康を保ち、認知症や寝たきりを防止することにつながる可能性があるからです。」(池山さん)

 「いきいき美容教室」では、女性だけでなく男性の参加も歓迎しています。もちろん、男性でも、きれいに身だしなみを整えることで介護予防が期待できます。しかし、別の理由もあるといいます。

 「男性から反応があると女性が喜び、場が非常に盛り上がります。自分が楽しいだけでなく、周囲の反応が大切だということです。そのため、医療機関や介護施設の方には、『ぜひ男性も巻き込んでください』とお願いしています。男性のほうも、同じ場所で女性と活動を共にすることで、気持ちが高揚します。男性の場合は、むしろこちらの効果のほうが大きいかもしれません。」(池山さん)

 次のページでは、「いきいき美容教室」の様子を見てみましょう。

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