2「今を生きる」ために使おう
まずは自分のために──やりたいことを再確認
終活に関するセミナーの講師などを務めるなかで、尾上さんが気付いたのが「終活疲れ」です(「終活、何をすればいいの?①~終い支度ではない、元気が出る終活~」参照)。「終わり」のことばかり考えているために気持ちが沈んで生きる元気を失っていく、せっかく書き始めたエンディングノートも、気力をなくして放ったままになる、という状態です。
そこで尾上さんは、「自分」のために、そして「生きる」ために終活を活用できないかと考えるようになります。終活を「人生のリバイバル(再生、復活)プラン」として捉え、エンディングノートも、今後の人生の計画を立て、より充実して生きるために使ってほしいと話します。
「エンディングノートの8項目について考えることは、当然、『自分はこれから何がしたいのか』『自分がこれまでの人生で培ってきたものを使ってできることは何か』を問うことにつながります。自分史から始めて、自分はどんな人間なのかを知り、それを前提にこれからの夢や目標を描いてみてください。自分史が難しければ、『どんな葬儀を望むのか』を考えると自分らしさを振り返りやすいかもしれません。」ここでいう「自分史」は、過去だけでなく、「これからつくっていく自分の歴史」という意味合いも含みます。
「残された人が困らないようにと、『書き残す』必要性ばかりが強調されていますが、寿命が延びた超高齢社会の日本では、エンディングノートを書き終わってもまだまだ人生は続きます。ノートを通して人生を振り返り、自分のために新たな夢や目標をつくってください。『新たな夢を実現したい。そのためには元気でいなくては』と、いつしかご自身がノートに生かされるようになっていくでしょう。」(尾上さん)
エンディングノートを始めるきっかけとしては、たとえば、家族のために何かを残したいと思ったときが最適でしょう。動機としていちばん強いものなので、きっかけは家族のためでもかまいません。しかし、「他の人のため」と、自分の亡き後にフォーカスしていると、つらい気持ちになって続きません。「自分のため」と意識をシフトすれば、家族の有無などにかかわらず、続けていく動機につながります。
家族と一緒に──コミュニケーションツールとして
「エンディングノートはコミュニケーションツール」というのが尾上さんの持論です。家族など身近な人とのコミュニケーションに利用するには、最初に「エンディングノートを書き始める(終活を始める)」と周囲に宣言してしまうのが一番だと尾上さんは考えています。
「エンディングノートを口実にすれば、ご自身も家族も話がしやすくなります。そして、家族の間でコミュニケーションが成立すれば、エンディングノートは最後まで書かれなくても、あるいはまったく書かれなくても、十分役割を果たしたことになります。ノートをネタに家族が話合いを持つことによって、家族の絆の再構築に役立つこともあるでしょう。」(尾上さん)
たとえば、親(先に逝く者)の立場から「供養」の項目が気になるのであれば、「自分は散骨がいい」などと話してみるのはどうでしょう。すると、子どもの立場から「今あるお墓はどうなるの?」などと疑問が返ってくることでしょう。こうして、一方向ではないコミュニケーションが進むはずです。
エンディングノートを効果的に機能させるためのポイント
☑「基本の8項目」で気になるものがあれば、家族(身近な人)と話してみる。
☑家族と話ができれば、必ずしもノートに書き込む必要はない。
☑一度書いたものでも、生活の変化に応じて、また、家族と話すうちに気が変わったら気軽に書き直してよい。
☑ノートは隠さずにみんなが知っている場所に置いておく(死後に見つけた家族が、「こんなことを考えていたなんて!」などと驚くことがないように。「いつも話しているから盗み見る必要もない」という状況がつくれたら理想的)。
親にエンディングノートを始めてもらいたいときは?
自分の親にエンディングノートを始めてもらいたいときに、正面から「エンディングノートを書いてほしい」と伝えるとショックを受ける方がいるかもしれません。「まだ聞いていない大切なことを教えてほしい」などとお願いするほうがよいでしょう。「基本の8項目」を参考に、「こういうことを知っておくのと知らないのとでは、心構えが違ってくるから」というふうに話を進められればいいと思います。(尾上さん)
遺していく大切な人に──悲しみを癒す
近年、葬儀のスタイルとして「家族葬」が定着してきました。それぞれの人生に合った葬儀の選択肢が増えるのはいいことですが、一方で、昔ながらの葬儀が持っていた「グリーフワーク(死別の悲しみを乗り越えるための成長の機会)」の機能が弱まっていると尾上さんは指摘します。
「葬儀には癒しの効果があります。参列した知人や親戚から故人の話を聞いたり、励ましの言葉をかけられたりすることが、死の悲しみを乗り越える力になる。そのような機能が弱まっている今だからこそ、エンディングノートの持つグリーフケアの力が必要とされていると思います。」
誰かが亡くなると、残された人の心にはぽっかりと大きな穴が空くことでしょう。自分がいなくなったときも、そのような心の痛みを周りの人に与えてしまいます。しかし、「亡くなった人がいつまでも近くにいる」という感覚を持つことができれば、残された人もより早く立ち直ることができます。エンディングノートの「メッセージ」は、心の穴を埋め、悲しみを癒していく役割を担う大切な項目です。
「エンディングノートは、遺言書と違って手軽さが特徴です。メッセージは、気持ちに変化があったらいつでも新しく書き直すことができます。たとえば、日々の思いに応じてメッセージを更新しながら、同時に他の項目を進めるというやり方もあるでしょう。『まだまだ先のこと』と考えている方でも、寿命は約束されているわけではありません。形にこだわらず、家族に対する思いを残しておくとよいと思います。亡くなった父親の『ありがとう』という一言だけのメモを見つけて、『介護の苦労や死別の悲しみが癒やされた』という家族の方もいらっしゃいます。」(尾上さん)
実は、“自分のために”エンディングノートを活用して充実した毎日を送ることも、“家族に対する”グリーフケアにつながります。「夢に向かって生きる姿を見せておくことが、家族に対する強いメッセージになります。生き生きと暮らしている姿が、生き方の手本となり、家族の生きる力になるからです。自分のために始めたノートが、ご自身が亡くなった後は、残された家族を応援し続けることになるのです。」(尾上さん)
エンディングノートを家族が集う「卓袱台」のように使い、やがてコミュニケーションが深まることになれば、エンディングノートそのものは不要になっていくのかもしれません。まずは気楽にノートを手に取り、日々の食卓や次のお正月などの折りに家族や親戚と話をしてみることから始めてみませんか。
尾上正幸さんの著書
『実践エンディングノート~大切な人に遺す私の記録~』
多くの著名人の最期を知る人だからこそ分かる書き方、考え方。エンディングノートを書きたいけれど、何から手をつけていいかわからない……。そんなときにこの1冊。
(共同通信社/税別1,800円)
② 「今を生きる」ために使おう