年齢を重ねるうちに心身に生じる不自由を補ってくれる「福祉用具」。単に生活の不便を取り除く道具であるだけでなく、高齢者や障害を持つ人の生活の自立を守る重要な役割があります。その反面、頼りすぎるとかえって心身機能の低下を招くこともあり、使い方には注意が必要です。では、どのような点に注意して使えばいいのでしょうか。福祉用具の展示や情報提供を行っている「介護すまいる館」(埼玉県さいたま市)を訪ね、大島聡志さん(介護すまいる館長)、岡本利江さん、菊地育子さんに福祉用具の基礎知識について伺いました。
1「福祉用具」とは?
「自分でできること」を維持するために
「福祉用具」とは、高齢者や障害を持つ人が心身の機能の低下を補うために使用する道具のこと。使用する本人の生活の自立を助けるとともに、介護する人の負担を軽減することもできます。つえ、手すり、スロープ、入浴用のいすなど、日常生活でよく目にするものから、背上げ機能や高さ調節機能を持つ「介護用ベッド(特殊寝台)」、体を吊り上げて車いすなどへの移乗を助ける「移動用リフト」といった大がかりなものまで、幅広い範囲のものが含まれます。
高齢になって心身の機能の低下が進むと、日常生活で当たり前にできていたことが面倒になったり、できなくなることもあります。しかし、「やらない」「できない」をそのままにしておくと、さらに機能低下が進み、日常生活での自立の範囲は狭まるばかりです。「自分でできること」を維持して、このような悪循環を防ぎ、自立を促してくれるのが福祉用具です。
「例えば、高齢者の場合、足元が不安定になると、歩くのが面倒になって外出の機会が減りがちになる。でも、そのままにしておくと、足腰が衰えてさらに歩くのが大変になる。このようなとき、つえやシルバーカーといった福祉用具を使えば、移動がよりスムーズになり、活動範囲も広がります。」(大島さん)
介護する側の負担軽減も
また、福祉用具には介護者の負担を軽減する役割もあります。さらに、それが介護を受ける側の心理的負担を軽くすることで、間接的に高齢者の生活の質を上げることにつながります。「介護を継続するためには、介護者の負担をできるだけ小さくする必要があります。ご家族には、福祉用具を使うと介護負担を減らすことができるということも、ぜひ知っていただきたいと思います」と大島さんは言います。
例えば、横になったままで排泄することができ、排泄物を自動的に処理してくれる「自動排泄処理装置」を夜間に使えば、本人が快適であるだけでなく、介護者もおむつの処理を心配せずに眠れるようになります。また、外出しようとするとセンサーが反応する「認知症老人徘徊感知機器」や、徘徊する人の位置情報を知らせる「GPS」は、もしもの事故を防ぐ備えになります。「導入には注意も必要ですが、ご家族の介護負担を減らしたり、安心して生活を送ることができるようになります。必要に応じて導入を検討していただきたい用具です。」(大島さん)
介護保険利用で負担は1割に
福祉用具には介護保険で給付を受けられるものがあり、費用負担が抑えられることも大きなメリットです。対象となる用具は基本的に貸与(レンタル)ですが、衛生面で再利用に抵抗があるものなどは購入の対象になります(下表)。負担はかかった費用の1割(一定以上所得者は2割)で、残りの9割(同8割)が介護保険から給付されます。貸与の場合は自己負担分の1割(同2割)を業者に支払うだけで利用でき、購入の場合は購入時に全額を支払い、その後で市町村に申請して介護保険の給付分の9割(同8割)の払い戻しを受けます。なお、介護保険の給付を受けるためには、介護が必要な状態であることの認定(要介護認定)を受ける必要があります。申請の窓口は、市町村の介護保険担当課や「地域包括支援センター」(市町村が運営する高齢者介護の相談機関。市町村によって名称が異なることもあり、埼玉県さいたま市では「シニアサポートセンター」という)などです。
「介護保険を利用する際は、対象となる品目に制限があるので注意が必要です。例えば、『歩行補助つえ』には、一般によく使われるT字型やC字型のつえ(いわゆる「ステッキ」)は含まれず、松葉づえや多点づえなど特別な用途のものだけが対象になります。また、車いす、介護用ベッド(特殊寝台)、認知症老人徘徊感知機器などは、軽度の人(要介護度が低い)には支給されません。」(岡本さん)
■表 介護保険の給付対象となる福祉用具
貸与 (レンタル) |
①車いす ②車いす付属品 ③特殊寝台 ④特殊寝台付属品 ⑤床ずれ防止用具 ⑥体位変換器 ⑦手すり ⑧スロープ ⑨歩行器 ⑩歩行補助つえ ⑪認知症老人徘徊感知機器 ⑫移動用リフト(つり具の部分を除く) ⑬自動排泄処理装置 |
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購入 | ①腰掛便座 ②自動排泄処理装置の交換可能部品 ③入浴補助装置 ④簡易浴槽 ⑤移動用リフトのつり具の部分 |
技術の発展とともに進化
福祉用具は時代とともに進化しています。新たな素材を使った高機能のものや、機能だけでなくデザイン的にも洗練されて、ファッションの一部として「使ってみたい」と思わせるものが増えています。どのような用具があるのか、「介護すまいる館」に展示されているものから紹介します(「※」印は、介護保険給付の福祉用具の対象外)。
●つえ
新素材の開発によって超軽量になり、ライト付きや傘の形状のもの※など、多機能なつえも登場。さまざまな色・柄のものがあって、選択肢が劇的に広がっています。なお、介護保険の対象となるのは、松葉づえ、カナディアン・クラッチ、ロフストランド・クラッチ、プラットホームクラッチ、多点杖に限られます。
●シルバーカー※、歩行器
ハンドルに手をかけることで歩行を安定させる用具で、つえよりも体が安定します。最新機種にはアシスト機能がついたものもあり、上り坂ではパワーアシストで歩行を補助し、下り坂では速くなりすぎないよう自動的にブレーキをかけます。シルバーカー※は、女性向けのデザインが多かったのですが、最近は男性が使えるものも出てきています。
●車いす
持ち運び用の折りたたみ式は、女性や高齢者でも簡単に持ち上げられるよう軽量化が進んでいます。また、電動車いすは小型化され、操作スティックの感度が上がって微妙な速度設定が可能になるなど、よりユーザーフレンドリーに。動力を補助するアシスト機能付きの車いすには、利用者が手でこぐ力をアシストするものと介護者の押す力をアシストするものがあります。車いす用クッションも、新素材を採用して座り心地や通気性などがアップ。
折りたたみ式車いす
上り坂でこぐ力を補助するアシスト機能
●介護用ベッド(特殊寝台)
ベッドの高さや背中・膝の部分の傾斜角度を調節できる機能があります。姿勢を変えたり、車いすやポータブルトイレへ移乗する際の動作が楽になります。また、寝たきりの場合、背上げ機能を使うと視界が広がり、家族とのコミュニケーションが取りやすくなります。
●ポータブルトイレ(腰掛便座)
離れたトイレまで行くのが困難な場合などに、寝室や居室に置くことのできるトイレ。プラスチック製で、排泄物を受ける「バケツ」とその「ふた」という単純なものから進化し、手すりや暖房便座のついたもの、インテリアに溶け込む木調タイプなども登場し、種類も豊富に。さらに、防臭効果のある特殊フィルムで排泄物を密封し、簡単に処理できるようにした「自動ラップ式」も開発されています。
●自動排泄処理装置
寝たきりの方の排泄を快適にする装置。排泄すると、センサーが感知して排泄物を吸引、洗浄から除湿までを自動的に行います。ただ、排泄は個人の自尊心の問題にも関わり、可能であれば通常のトイレやポータブルトイレ(腰掛便座)を使用することが望ましいとされています。24時間の使用には注意が必要です。
●認知症老人徘徊感知機器
ベッド周りや玄関に設置しておき、人が通るとアラームが鳴って外出を知らせるセンサーや、徘徊している高齢者の居場所を教えてくれる小型GPS装置※と靴底にGPSを収納できる専用シューズ※などが商品化されています。
●手すり(工事を伴わないもの)
天井と床でつっぱって設置できるものや、安定したベース(土台)を持ち、固定不要のものが、簡易な支えとしてよく使われているそうです。壁がないところや賃貸住宅などでも使用が可能で、住宅改修前の試験的な導入にも便利。ただし、本当にしっかり体を支える必要がある場所では、改修工事を行って壁面などに固定する手すり※が必要です(工事を伴うものは介護保険給付の住宅改修で設置が可能)。
介護用ベッドの背上げ機能
家具のようなデザインのポータブルトイレ
小型GPSとそれを収める専用シューズ
次のページでは、福祉用具を使用する際に注意すべき点について紹介します。
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① 「福祉用具」とは?