2ブックカフェで食と本を楽しむ

 ブックカフェは、お茶やコーヒー、スイーツ、軽食などを楽しみながら読書に没頭できる場所。図書館では少しかしこまった気分になりますが、ブックカフェなら、もっとリラックスした気分で、読書だけでなくおしゃべりも楽しむことができます。また、読書会など独自のイベントを開催して、本への間口を広げようとしているところもあります。

 最近は、全国各地で魅力的なブックカフェが増えており、それぞれが独自の個性を打ち出しています。今回は、東京・目黒区の「BUNDAN COFFEE & BEER」で、食を通して文学の魅力に触れる楽しさについて伺いました。

ブックカフェの魅力 5選

他人の本棚をのぞく楽しみ

店内の様子

 ブックカフェの魅力は、そこに置かれた本の魅力でもあります。自分に近い趣味を確認できる喜びもあれば、思いもよらない本を手に取って未知の作家に触れる楽しさもあるでしょう。お店によっては、手に取って読むだけでなく、購入できるところもあります。

 「BUNDAN」では、店内に入ったとたん天井まで届く棚にぎっしりと詰め込まれた本に囲まれますが、本好きにはおもちゃ箱のように感じられることでしょう。「本は、たくさんあっても部屋が息苦しくならないんですね」と同店のプロデューサー・草彅洋平さんはいいます。蔵書は、新旧の文学やエッセイを中心としながらも、食や映画、サブカルチャー、マンガまで、幅広いジャンルにわたります(基本的に閲覧のみ可能)。すべて草彅さんの蔵書で、一見すると雑然としていますが、独自のテーマに基づいて整理されており、統一感があります。

 図書館の本棚は万人向けで、個人の顔が見えてこない。それは利点であり、もの足りなさでもあります。一方、他人の本棚を自分の興味で探索できるのが、ブックカフェの楽しさです。「BUNDAN」の棚も、意外な作家やジャンルの本が隣り合っていて刺激的。見る人の興味次第で、これまで思ってもみなかったようなつながりを発見することができます。

文学を食べる・飲む?

 ブックカフェで欠かせないのが、飲食の楽しみです。考えてみれば、作家の多くは食いしん坊。魅力的な作品には必ず魅力的な食べ物の描写があり、読めばどうしても食べたくなります。

 「BUNDAN」では、食を通じて文学の世界を表現しています。たとえば、コーヒーは、ブラジルの「芥川」(芥川龍之介)、モカの「寺山」(寺山修司)、ジャワの「鷗外」(森鷗外)、モカジャバの「敦」(中島敦)があり、メニューにはそれぞれの由来が書かれています。

 また、朝食のメニュー「『ハードボイルド・ワンダーランド』の朝食セット」は、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮文庫)に登場する主人公「私」の朝食をBUNDAN風に再現したもの。トマトソースで煮込んだソーセージとバゲットのトーストはボリュームたっぷりで、料理や食事の描写に優れた村上にぴったりの一皿です。

 本を読めば食べたくなる。逆に、この一皿を食べれば本が読みたくなる。ここには、文学と食をめぐる物語の豊かな交流があります。

左から、レバーパテトーストサンドイッチ(『蓼喰う虫』谷崎潤一郎)、「ハードボイルド・ワンダーランド」の朝食セット(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』村上春樹)、「一九二三年冬」のグラノーラボウル(『一九二三年冬』宮本百合子) 檸檬パフェ(『檸檬』梶井基次郎)
 

「ついでの散歩」の楽しみ

テラス席から公園の緑を眺める

 ブックカフェは決してそれだけで存在しているわけではありません。周囲には街があり、自然があり、その土地に応じてさまざまな人が往来しています。自分の部屋を出て、カフェを囲む街や自然を楽しむことも大きな魅力です。

 「BUNDAN」は、駒場公園内の日本近代文学館の中にあります。同館は、有志の文学者・研究者の呼びかけに応じて1967年に設立された施設で、作家の原稿や書簡、蔵書など文学資料を収集・保存・公開しています。ブックカフェにこれ以上ふさわしい場所はないでしょう。同館の建物は駒場公園の深い緑に囲まれ、外に出て園内を散策することもできます。「『BUNDAN』が実現できたのは、日本近代文学館の一室を使うことができたからこそ」と草彅さん。

 また、すぐ近くには日本民藝館(民衆が使う日用品に美を見出す「民芸」の提唱者・柳宗悦らによって設立)があり、日本近代文学館、駒場公園とあわせて1日を過ごすことができる格好の散歩コースになっています。「BUNDAN」も、休日にはカップルや家族連れで賑わうということです。

その場の雰囲気に浸る


やや暗めの照明で落ち着いた雰囲気

 読み終わった本の印象が、その後、読んだその場の雰囲気に染まってしまっているという経験はないでしょうか。ブックカフェの個性は、それぞれ独自の雰囲気から生まれます。コーヒーカップやお皿などの食器からテーブルや椅子などの家具、飾られているオブジェ、BGM、そしてライティングまで、さまざまな要素が混ざり合って、落ち着いた雰囲気が醸し出されます。

 「BUNDAN」に入ったら、まずはやや暗めの席に身を置いて、ゆっくりと落ち着いた雰囲気を味わうのがいいでしょう。その雰囲気に慣れてきたら、身近にある家具やオブジェの細部を眺め、手に取ってみることをおすすめします。

時にはお酒も

 文学は、大人の楽しみ。お酒と文学のつながりには深いものがあります。名前に「COFFEE & BEER」とあるように、同店ではお酒も多く取り揃えており、季節に応じて特別のカクテルなども用意しています。おすすめは、ニガヨモギを中心とする薬草を用いたアルコール度89.9%の「アブサン」。このお酒がインスピレーションを与えた数々の作家や詩人、芸術家に思いをはせながら、読書のお供にちょっぴり飲むのも悪くありません。

食から文学へ、文学から食へ

 もともと文学の愛好者で、一般の人にその面白さが十分伝わっていないことにもどかしさを感じていた草彅さんは、「文学を食に落とし込むことで、文学に触れる機会が少ない人にも文学の魅力を伝えることができる」と考えました。「BUNDAN COFFEE & BEER」が打ち出したのは、食を通じて文学の面白さを伝えること。料理に物語をまとわせるそのスタイルは、今では多くの人に受け入れられています。文学が好きな人は、文学の新たな一面を発見することができ、文学に興味がなかった人も、食を通して文学に入っていくことができる。そんな出会いがあるのも「BUNDAN」の魅力です。

 全国には、魅力的なブックカフェがたくさんあります。ぜひ、お近くのお店に足を運んでその個性を味わってください。

おすすめの1冊

『夜のある町で』(荒川洋治 著/みすず書房)

 やわらかな言葉で、文学、ひと、社会、世相を描くエッセイ集。荒川氏は、学生時代に草彅さんが出会い、教えを受けた現代詩作家で、日本近代文学館の理事も務めています。「学生時代に荒川さんからサインをもらった本で、忘れられない一冊」(草彅さん)。表題作は、旅人の新鮮な感覚で韓国は全州(チョンジュ)の町の夜を見事にとらえた一作。(掲載時、版元品切)

■BUNDAN COFFEE & BEER
(東京都目黒区駒場4-3-55 駒場公園内)

〈アクセス〉

・京王電鉄井の頭線・駒場東大前駅から徒歩8分

・小田急電鉄小田原線・東北沢駅から徒歩10分

・東京メトロ千代田線・代々木上原駅から徒歩12分

 公式サイト:http://bundan.net/

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