今年、厚生労働省から睡眠の大切さを啓発する「健康づくりのための睡眠指針2014」が発表されました。これは、平成15年に発表された指針が11年ぶりに改訂されたものです。
なぜ、今、睡眠を見直す必要があるのでしょうか? その背景や睡眠の大切さについて、睡眠総合ケアクリニック代々木の医師、大川匡子先生にお話を伺いました。
1睡眠障害は日本の社会問題
日本人は世界でいちばん眠っていない!?
日本人がどれくらい寝ているか、ご存じでしょうか? OECDの報告書(2009)内「世界18か国における1日の平均睡眠時間」によると、日本は韓国と並んで世界一睡眠時間が短い国民と言うことができます(下図)。さらに、1960年から2010年の変化をみると約1時間短くなり、夜10時までに床についている人の割合は24%となっています。70%近くの人が夜10時までには床についていた1960年と比較すると、激減していると言えるでしょう(NHK国民生活時間調査2010)。
時代とともに社会が劇的に変化、24時間社会となり、私たちの生活も夜型へとシフトしています。それにともなって、睡眠のスタイルも大きく変わってきました。でも、人間は本来昼行性の動物で、夜眠らないと何かしらの不都合が起きるのではないかということは想像に難くありません。
図 睡眠時間の国際比較
<OECD"Society at a Glance"(2009)より>
睡眠障害の三大要素
睡眠に関する悩みを訴えてクリニックを訪れる患者さんは少なくないといいます。でも、眠れないことが大きな問題であるのかどうかはあまり認知されておらず、また、『眠れない』という悩みにもかなり個人差があります。
大川先生によると、睡眠障害は、まず大きく3つに分類できます。
① 睡眠不足
さまざまな原因・理由から、本来必要な睡眠時間よりも短い時間しか眠っていないために睡眠が足りない状態をいいます。
② 不眠症
寝ようと思っても眠れない症状をいいます。床に入っても眠れない、あるいは途中で目が覚める、朝早く目覚めてしまうなど、十分な睡眠がとれない病気です。
③ リズム障害
交代勤務などにより夜中に起きていて、その代わり昼間に寝ようと思ってもなかなか眠ることはできません。動物として昼行性順応を変えることは容易ではなく、睡眠不足に陥ります。これを睡眠のリズム障害といいます。
現在、日本では4〜5人にひとりが不眠症と言われているそうです。
「現代社会は交代勤務の方や、不規則な勤務の方がたくさんいますよね。これからもど
んどん増えるのではないでしょうか?」大川先生は、睡眠障害を抱える人が増えこそすれ、減ることはないだろうと危惧しています。
【コラム】
不眠は昔から"現代病"だった!?
<『病草子』より>
不眠に関する研究では、環境だけでなく遺伝子も関連することがわかってきたといい、昔、夜通し城を守っていた門番たちは不眠症だったと言われ、その血を引く人は今でもあまり眠れないのだとか。時を超え、日本人が800年以上に渡って不眠や生活習慣病に悩んできたというのは驚きです。
睡眠障害が引き起こす諸問題
眠れない夜や睡眠が足りない状態はつらいものです。でもそれは決して個人レベルの悩みにとどまりません。睡眠障害は社会に悪影響を及ぼす可能性を大いに秘めているのです。その大きなものに、以下のような問題が挙げられます。
事故の誘因
睡眠が極端に不足すると昼間に睡魔に襲われ、事故を誘発します。2003年、睡眠時無呼吸症候群の運転士の居眠りが原因で新幹線が急停止した事故が大きく報道されました。このような睡眠障害による交通事故、また工場などでの産業事故も関連が問題視されています。
生産効率の低下
睡眠不足はアルコール摂取と同様に判断力や集中力を損なわせるということが、科学的研究でわかっているそうです。24時間操業の工場では欠陥品は明らかに夜勤の時間帯で多発するといい、睡眠不足の状態は作業能率・生産性を低下させ、経済損失につながります。
医療費の増大
現在、患者数が減らないうつ病や生活習慣病、認知症、がんなどに、睡眠障害が関係していることがわかってきました。増大する医療費が問題となっている今、さらにこれらの患者数が増えれば、睡眠障害が医療費増大を招くとも言い換えられるでしょう。
子供たちの不登校
子供たちの夜更かしも指摘されており、昼夜逆転の生活でリズム障害を起こし、不登校になってしまう例もあるそうです。少子化が叫ばれる中、未来ある子供たちが学習チャンスを失うことは、大変大きな損失です。
このように、睡眠障害は現代日本に不利益をもたらす大きな社会問題なのです。睡眠指針の改訂には、このような社会的背景がありました。
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① 睡眠障害は日本の社会問題