超高齢社会のため、配偶者の死亡による遺族年金の相談が増えてきています。
昭和2年8月生まれの90歳の夫が死亡して、妻に遺族年金が生ずる場合、夫の年金収入がなくなり、これからどのくらいの遺族年金で生活していかなければならないのか、たいへん不安である、との声をいただきました。高齢者のおばあちゃんに、遺族年金のことを正確に説明するのは、意外と難しいと実感しました。
また、障がい年金を受給している妻が、夫が死亡し、遺族厚生年金を受給できるようになりましたが、遺族年金を受給するのか、自分の障がい年金を受給するのか、あるいは両方受給できるのか、よくわからないというお声もいただきました。
今月は、配偶者が死亡したことにより、遺族にいくらぐらいの年金が支給されるのか、その算定方法の基本について述べていきます。
おじいちゃんが死亡、遺族であるおばあちゃんに、
遺族年金はいくらぐらい支給されるのか?
(1)夫が老齢厚生年金を受給中に死亡、妻に支給される遺族年金は?
基本的な事例で、遺族年金のしくみを再確認しましょう。
A子さんの夫は昭和2年12月25日生まれで、平成30年2月25日に、亡くなりました。90歳でした。A子さんの夫は、厚生年金を約272万円(老齢厚生年金のこと)、国民年金を約78万円(老齢基礎年金の満額の779,300円のこと)、合計で約350万円を受給していたということです。
A子さんは、昭和2年10月9日生まれで、死亡した夫と同年齢の90歳です。生計維持関係はあります。
夫が死亡し、遺族年金がいくらもらえるかというご相談でした。
90歳の妻には、振替加算が支給されている!
A子さんのお話を伺うと、Aさんの受給している年金は国民年金だけで、年間で約100万円とのことでした。老齢基礎年金だけにしては、少し多いなと思ったのですが、とくに繰下げ受給しているわけでもないとのことでした。付加年金もありません。
もしかすると、老齢厚生年金も含まれているのを、ゴッチャにして、「国民年金だけしか、もらっていない」とおっしゃっているのかと思い、委任状をもらい、あとで年金事務所で調べると、たしかにご本人の言われるとおり、老齢基礎年金のみの受給でした。
では、なぜ、100万円ぐらいになっていたのでしょうか?
実は、A子さんには振替加算(218,244円)*が加算されているからでした。
老齢基礎年金の満額の779,300円と振替加算の加算額218,244円を合計すると、997,544円で、たしかに約100万円になります。厚生年金保険に加入した事実はないということも間違いありませんでした。
▶/nenkin-kouhou/vol59/pro-lecture/pro-lecture-01.html
夫の厚生年金の4分の3が、遺族厚生年金で受給できるという説明でよいか?
亡くなった夫は、厚生年金保険に47年以上加入しており、約272万円の厚生年金を受給していたとのことです。国民年金(老齢基礎年金)は、満額受給(約78万円)していたということです。
夫が亡くなったのだから、その4分の3が、妻に遺族厚生年金として支給されるという説明でよいでしょうか?
4分の3というと、272万円×3/4=204万円になります。しかしながら、妻に支給される遺族年金はというのは、夫に支給されていた老齢厚生年金のうちの報酬比例部分の4分の3です。
「経過的差額加算」**(定額部分から老齢基礎年金相当額を控除した額)は、妻に支給される遺族厚生年金の対象ではありません。
また、夫が原則として、20年以上厚生年金保険に加入して死亡した場合には、生計維持関係のある65歳以上の妻には、生年月日に応じて、「経過的寡婦加算」が加算されます。
生年月日が「大正15年4月2日から昭和2年4月1日」生まれの妻ですと、平成29年度の場合、584,500円の「経過的寡婦加算」が支給されます(平成30年度も同額)。しかしながら、「昭和31年4月2日」生まれの妻ですと、「経過的寡婦加算」の金額は0円(ゼロ円)になります。つまり、支給されないということです。
この事例のA子さんの場合は、昭和2年10月9日生まれで、亡き夫が厚生年金保険に47年以上加入していましたので、「経過的寡婦加算」*は554,527円支給されます(生計維持関係あり)。
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文章で読んでいるとわかりにくい箇所もありますので、イメージ図で示しておきましょう。【図表1】にA子さん夫婦の年金加入歴、【図表2】が夫の老齢厚生年金の受給額の算定式、そして【図表3】が夫の老齢厚生年金・老齢基礎年金とA子さんの遺族年金のイメージ図です。
【図表1】 亡夫と妻(A子さん)の年金加入歴
亡夫:昭和2年12月25日生まれ。平成30年2月25日死亡。
厚生年金加入:47年以上(569月、すべて平成15年3月以前)
国民年金加入:312月(加入可能月数のすべて)
平均標準報酬月額:403,887円
妻:昭和2年10月9日生まれ。
国民年金のみ加入:老齢基礎年金は満額受給中
【図表2】 亡夫の老齢厚生年金の受給額の算定式
老齢厚生年金
①報酬比例部分(従前額保障により算定):
403,887円×9.86/1000×569月×0.999
=2,263,677.44円
≒2,263,677円
②経過的差額加算:
1,625円×1.817×420月−779,300円×312月/312月
=1,240,102.5−779,300円
≒460,803円
A 老齢厚生年金=①+②=2,724,480円
B 老齢基礎年金 779,300円
夫の受給していた年金額=A+B=3,503,780円
A子さんへの遺族厚生年金の対象になるのは、
亡夫の老齢厚生年金の①報酬比例部分のみ(ア)である。
これに経過的寡婦加算(イ)が加算される。
(ア)報酬比例部分 2,263,677円×3/4 | = | 1,697,757.75円 |
≒ | 1,697,758円 |
(イ)経過的寡婦加算 554,527円 |
A子さんの遺族厚生年金=(ア)+(イ)=2,252,285円
【図表3】 老齢厚生年金と遺族年金のイメージ図
遺族厚生年金は、夫が受給していた報酬比例部分の4分の3、
これに経過的寡婦加算が加算される!
A子さんの場合は、亡き夫が厚生年金保険に47年以上加入(正確には569月)していたり、A子さん自身が昭和2年10月9日生まれで、「経過的寡婦加算」は554,527円支給されたりして、遺族厚生年金は2,252,285円(約225万円)、支給されることになりました(振替加算を含む老齢基礎年金と合わせると、A子さんが受給する年金額は約325万円となります。[図表3]参照)。
夫が受給していた老齢厚生年金2,724,480円(約272万円)と単純に比べると、約83%に相当しますが、夫婦とも65歳以上の場合、遺族厚生年金が夫の受給していた老齢厚生年金のどの程度の割合になるのかは、次の要素で変わってきます(妻は老齢基礎年金のみ受給の場合)。
① 夫の経過的差額加算の額(この金額が大きいと、遺族厚生年金の4分の3の対象に入らないので、遺族厚生年金が4分の3より少ない印象になる)
② 妻に経過的寡婦加算が加算されるかどうか(加算されない場合、夫の報酬比例部分の4分の3だけとなり、①経過的差額加算の分が支給されないので、残された妻は、遺族厚生年金が思ったよりも少ないというイメージを抱く可能性がある)
③ 妻の生年月日(A子さんのような昭和2年10月生まれだと、経過的寡婦加算の金額は約55万円であり、それなりの金額が支給される)
夫が繰下げ受給をしていると、夫が死亡した場合、
妻は増額された遺族厚生年金を受給できるのか?
最近、繰下げ受給のことがよく報道されています。
繰下げ受給をすると、たしかに夫の老齢厚生年金は増額されますが(詳細については、トピックスの「年金の繰下げ受給で気をつけたいこと」』をご参照ください)、夫が死亡した場合、その遺族である妻に、増額された老齢厚生年金の4分の3が支給されるわけではありません。あくまでも、65歳から受給した本来の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3ということになります。
遺族厚生年金は、【図表2】のように老齢厚生年金を算定し、その報酬比例部分の4分の3と定められているからです。増額後の4分の3を支給するとは規定されていません。
いずれにしても、妻が受給できる遺族厚生年金については(夫と生計維持関係あり)、夫婦ともに65歳以上(ただし、ともに新法適用者)で、妻が老齢基礎年金のみを受給している場合、原則として、夫が受給していた老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3(注)と経過的寡婦加算が加算される場合は、経過的寡婦加算が加算された額が、遺族厚生年金として、妻に支給されるということになります。
なお、遺族厚生年金が支給されるのは、夫が死亡した日の属する月の翌月分からとなります。
A子さんの場合、夫は平成30年2月25日に死亡されていますので、遺族厚生年金は平成30年3月分から支給されることになります。
今月は、遺族年金の年金額を算定する基本的なしくみについて述べました。
来月は、障がい年金を受給している妻の夫が死亡し、妻に遺族年金の受給権が発生した場合、年金の受給方法は、どうなるのかについて、考えていきます。
障がい年金と遺族年金などの、複数の年金の、受給の選択・併給・組み合わせは、なかなか難しいものがあると認識しています。
本稿を執筆するにあたり、埼玉県社会保険労務士会の伊東晴太先生から再評価率等に関し、貴重なアドバイス・資料をいただきました。この場を借りて、深く感謝申し上げます。