相続が発生して不動産を相続したときに、まず気になるのは、その不動産の評価額や納めるべき相続税のことでしょう。でも、相続登記をしないでおくと、その不動産が自分のものであると主張できなくなる場合が出てきたり、様々なトラブルの原因となることがあります。不動産を相続することが決まったら、きちんと「相続登記」をしておきましょう。
今回、不動産の相続において重要な「登記」について、司法書士の奥田睦子氏に伺いました。
奥田 睦子(おくだ むつこ)さん プロフィール
昭和63年、関西学院大学法学部を卒業後、平成元年に司法書士の資格を取得。現在、司法書士法人植田合同事務所所長として数多くの相続登記案件を手掛けている。相続関係の相談で来所するのは配偶者を亡くした女性も多い。複雑な背景などについても女性同士だから話しやすい。そうした女性ならではの対応は高い評価を受けている。
1そもそも不動産登記とは?
国の機関(法務局)において不動産の権利関係を公示したもの
不動産登記とは、いわば「土地・建物の身分証明書」と言えるものです。不動産登記には、その土地や建物の所有者の住所氏名はもちろん、どれぐらいの大きさでどのような用途に使われているのかまでも記録されています。(ただし、不動産登記制度はそこに記載されている所有者が真の所有者である、ということまでを保証するものではありません(公示の原則)。)
相続が発生しても当然には登記は変更されない
では、所有者が亡くなった場合、自動的に新しい所有者である相続人名に変更されるのでしょうか? この点について誤解されている方も多いのですが、例えば相続税の申告を終えても、新しい所有者(相続人)へ変更の登記(相続登記)をしなければ、登記は亡くなった人の名義のままとなり、その不動産の所有者が誰なのかが第三者にはわかりません。
相続登記は法律上の義務はありませんので、そのまま相続登記をしないでおいても特段の罰則が課されることはありません。しかし、相続登記が完了しないことで、後からその不動産について何らかの取引が行われた場合は、その不動産の法定相続分を超える部分について自分のものであると主張できなくなる場合もあり、所有者が不明であることは、自分だけでなく近隣の方や行政機関も巻き込んだトラブルに発展する可能性があるのです。
<相続の基本1> 遺産分割はどのように決まるの?
誰かが亡くなり、相続が発生すると、まず遺言書の有無を確認する必要があります。遺言書がある場合は、その内容に法的問題がない限り、故人の意思が最優先され、遺言書に従って相続することになります。
遺言書がない場合は、相続財産は民法が定める相続分(遺産の総額に対する分数的割合)に応じて相続人が相続します。この相続分を法定相続分といいます。相続人となる者についても民法の定めがあり、第一順位が子ども、第二順位が父母等の直系尊属、第三順位が兄弟姉妹となり、配偶者は常に相続人になります。法定相続分は、配偶者及び子どもが相続人の場合は<配偶者2分の1、子2分の1>、配偶者及び父母等の直系尊属が相続人の場合は<配偶者3分の2、父母等3分の1」>、配偶者及び兄弟姉妹が相続人の場合は<配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1>になります。この法定相続分は相続人全員による遺産分割協議によって変更することができます。協議で合意が得られない場合は、調停、審判、訴訟により遺産分割を成立させることになります。
相続登記がされていないためにおこるトラブル
相続登記がされていないために引き起こされるトラブルは後を絶ちません。
本来は簡単な話だったはずの「相続」が「争続」問題にまで発展する可能性があります(事例1、事例2)
(事例1 Aさんの場合:相続について話し合いすらしていなかったために、関係者が増えて話がこじれてしまったケース)
50歳代のAさんは、6年前に父親を亡くしました。母親は既に亡くなっていて、Aさんは父親が亡くなるまで同居していたので当然に父親名義の不動産を相続できると思い、もう一人の相続人である弟と特に何の話し合いをしていませんでした。その後、Aさんの弟も亡くなりました。
今年になってAさんは父親名義の不動産を担保に銀行からお金を借りようとしたところ、相続登記によってAさん名義にしなければ貸せないと銀行に言われてしまい、Aさんは弟の相続人である弟の妻と子供達と遺産分割をしなければならなくなりました。現在、法定相続分を主張する弟の妻達と法廷の場で争っており、途方に暮れています。
また、遺産分割協議が成立しているだけで安心してはいけません。
(事例2 Bさんの場合:遺産分割協議をしたものの相続登記をしなかったために話し合いが振り出しに戻ってしまったケース)
Bさんの父親が亡くなった時に家族で話しあった結果、相続財産である不動産に住んでいたBさんが不動産を相続することになりました。いざ、相続登記をしようとして、父親の出生から死亡日までの除戸籍謄本、登記簿上の住所から死亡日までの住所変更を証明する住民票等を集めようとしましたが、転勤族であった父は住所を転々としており、本籍地もそれに合わせて移していたりもしたため、遺産分割協議書の作成前にあきらめて放置してしまいました。
その後、経済的に苦しくなった弟から遺産分割協議は成立していないと遺産分割調停を申し立てられ、調停の結果、唯一の相続財産である不動産を売却し、その売却代金を法定相続分で分けることになりました。Bさんは、長年住んでいた家を離れ、郊外の賃貸アパート暮らしとなり、長年続いていた『ご近所さん』とも、今では疎遠となってしまいました。楽しい老後を送るつもりだったのですが、これからが心配と不安になっています。
また、相続登記を放置していると予想もしないところでトラブルに巻き込まれます。(事例3)。
(事例3 Cさんの場合:相続登記をしていないことで近隣住民、行政機関ともトラブルとなったケース)
Cさんは1年前に地方都市(X市)で一人暮らしの母を亡くしました。父はすでに他界しており、兄弟のないCさんは、母が住んでいた家や土地を含む資産のすべてを相続しました。しかし、Cさんは東京在住で家族もあるため、亡き母の土地や住まいは数年間そのまま放置していました。
すると、その家の近所から荒れた空き家があり、防犯上に不安があるとX市に相談が寄せられるようになったため、X市を通じて近所での苦情を伝えられました。Cさんは母親が住んでいた近所の人に迷惑をかけていたことに驚き、更地にして売却することを決め、登記の手続きを行っている最中です。
相続登記をしておかないとこんな困ったことにも・・・
〇不動産を売却できない。
〇不動産を担保に融資を受けられない。
〇不動産をめぐって親族間の争いに発展しかねない。
〇適正な管理ができず、空き家問題で近隣住民とトラブルに。
〇時間の経過とともに隣地との境界の確定が困難になることも。
〇再開発や公共事業が進まなくなる。
〇地域の防災、減災の取り組みの妨げに。
〇災害の際の復旧が遅れる。
〇手続きをしない間に2次、3次相続が発生して手続きが煩雑になる。
〇農地、山林が放置され、産業の推進ができなくなる。
〇農地の集約化など土地を活用することができない。
<相続の基本2>相続発生後にする諸手続き
手続き名 | 期限 | 手続き先 |
---|---|---|
死亡届 死体火葬・埋葬許可申請 |
死亡を知った日から7日以内 | 死亡地・本籍地・住所地 |
年金受給停止 | 死亡から10日以内 (国民年金は14日以内) |
年金事務所 市区町村 |
後期高齢者医療資格喪失届 | 死亡から14日以内 | 市区町村 |
国民健康保険資格喪失届 | 死亡から14日以内 | 市区町村 |
介護保険資格喪失届 | 死亡から14日以内 | 市区町村 |
所得税準確定申告 | 死亡から4ヶ月以内 | 亡くなった方の住所地の税務署 |
相続税の申告 | 死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内 | 亡くなった方の住所地の税務署 |
生命保険金の請求 | 死亡から2年以内 | 保険会社 |
国民年金の死亡一時金請求 | 死亡から2年以内 | 市区町村 |
国民健康保険加入者の 葬祭費請求 |
葬儀から2年以内 | 市区町村 |
健康保険加入者の埋葬料請求 | 死亡から2年以内 | 健康保険組合 社会保険事務所 |
高額医療費の死後申請 | 対象の医療費の支払いから2年以内 | 市区町村 健康保険組合 社会保険事務所 |
国民年金の遺族基礎年金請求 | 死亡から5年以内 | 市区町村 |
国民年金の寡婦年金請求 | 死亡から2年以内 | 市区町村 |
厚生年金の遺族厚生年金請求 | 死亡から5年以内 | 年金事務所 |
預貯金の名義変更 | 相続確定後速やかに | 金融機関 |
株式の名義変更 | 相続確定後速やかに | 証券会社 |
(普通)自動車所有権移転 | 相続から15日以内 | 陸運局支局 |
電話加入権の名義変更 | 相続確定後速やかに | NTT各社 |
公共料金の名義変更 | 相続確定後速やかに | 電力会社等 |
住宅ローンの抵当権抹消登記も忘れずに
住宅ローンの完済。ようやくローンから解放されたと安心していませんか?
まだまだ安心してはいけません。やらなければならないことが残っています。それが「抵当権抹消登記」です。ローンがなくなっても不動産につけられた抵当権の登記は自動的には消えません。金融機関が勝手に手続してくれるものでもありません。必ず、ご自身での手続きが必要です。
では、抵当権抹消登記をしないでおくとどうなるのでしょうか? 抵当権抹消登記も相続登記と同様、法的な義務があるわけではありませんので放置しておくこともできます。しかし、例えローン残額が0円になっていたとしても登記簿上に登記が残っていると、売却することも、新たに不動産を担保にして融資を受けることもできません。そしてここでも一番問題となるのは、抹消登記手続きをしないまま、所有者が亡くなったり、融資していた金融機関が合併や解散で消滅してしまっていることです。この場合は、『相続人は相続登記に必要な除戸籍謄本等以外にも、抵当権抹消登記に必要な金融機関側の書類をその会社の承継会社や会社解散時の清算人を通して集める』という本来は不要な労力を強いられることになります。
ですから、ローンを完済したらできる限り早めに抵当権抹消登記手続きをされることをお勧めします。
抵当権抹消登記をしておかないとこんな困ったことにも・・・
〇不動産を売却できない。
〇不動産を担保に融資を受けられない。
〇所有者が亡くなったり、金融機関が消滅している場合には、残された家族に負担がかかる。
登記は「なんにもしない」が一番効率が悪い
登記手続き全般に言えることですが、登記については「なんにもしない」が一番効率が悪くなります。登記をしなかったことによって、将来予想もしなかった不利益を被ったり、トラブルに巻き込まれたりする可能性が高くなります。その最たるものが「相続登記」であるといえるでしょう。
家族が亡くなることは、精神的にも肉体的にも大変であろうことは想像に難くありません。しかし、次にくる自分達の子どもの世代、あるいは兄弟姉妹等にトラブルの芽を遺さないためにも、早めに相続登記の手続きをされることをお勧めします。
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① そもそも不動産登記とは?