2制度の趣旨を理解して活用

 高齢者の増加を背景に、認知症の人を保護するためのしくみとして「成年後見制度」が注目を集めています。しかし、制度の趣旨を理解しないで利用すると、望まぬ結果を招くこともあります。ここでは、活用に当たっての注意点を田中陽平さんに伺います。

家族のための制度ではない

 後見の申立てができるのは、本人と配偶者、そして四親等以内の親族です(身寄りがいない場合は、検察官や市区町村長が申立てを行います)。一般的には身近な家族が申立てを行うため、滞った法的な手続きを周囲の人の意向に沿って進めるためのしくみだと誤解されることがありますが、あくまでも目的は「後見を受ける本人の保護」にあることに注意が必要です。
 「成年後見制度は、家族や親族など周囲の人の利益・利便性を考えた制度ではありません。本人の保護を第一に家庭裁判所が判断を下しますが、その際、家族や親族の意向が特に尊重されるわけではありません。」(田中さん)
 家庭裁判所の審理の過程も非公開です。後見開始の申立てがあったのかどうかということや、申立ての内容、結果なども申立人以外には知らされず、裁判所は問合せにも応じません(ただし、後見人の有無は、審判の確定後、東京法務局で登記事項証明書を申請することで確認できます)。また、申立書には親族の考え(申立てについての賛否など)を記入する欄があり、審理の過程で親族の意向を確認することもありますが、裁判所はあくまでも「本人保護のために必要かどうか」という見地から判断を行うので、必ずしも最終決定に反映されるわけではありません。
 さらに、いったん後見が開始されると、後見人には仕事の内容を家庭裁判所に報告する義務が生じますが、一方、家族・親族にそれを開示する義務はありません。報告書を確認するには裁判所に記録の閲覧の申請をしなければいけませんが、請求は本人や後見人、四親等以内の親族などに限られています。

財産は本人のために使うこと

 財産管理を行う場合は、その使い道にも制限が生じます。後見を受ける人の財産はあくまでも本人の保護、つまり自分のために使われることになっており、例えば、後見人になった息子が、家を建てるためにお金を借りたいと思っても基本的にはできません。一度後見が開始されれば、財産を親族などに勝手に贈与したり、貸し付けたりすることもできません。例えば、住宅ローンの返済に親からの援助を期待していた場合でも、親が後見を受けるようになった後では期待どおりにいかなくなる可能性があります。
 では、次のようなケースはどうでしょうか。

事例4 財産贈与のケース

 ある男性。本人が元気であったときには、学費の補助として、孫に毎年50万円を贈与してきた。その後、本人は、認知症の症状が重くなり後見を受けることに。息子はすでに他界しているため、孫が後見人として選任された。後見を開始した後も、孫が継続して本人の財産から贈与を受けることは可能か。

 後見人は本人の保護のために仕事をすることになっています。本人と利益が反する立場にある人は後見人になれません(そのために第三者が後見人に選任されることがあります)。したがって、このケースでは、原則として孫は贈与を受けることはできなくなります。それでは、後見人が孫でなかった場合はどうでしょう。このときは、後見を受ける本人が贈与する意思を持っていたことが確認されれば認められる可能性があります。
 「後見を受けることを決める前に考えていただきたいのは、いったん申立てを行うと、本人の保護を優先する見地から、単なる心情的な不満などを理由に取り下げることはできなくなるということです。また、いったん後見開始の審判が決定すれば、その効果は後見を受ける方が亡くなるまで続きます(本人が亡くなると相続の手続きが始まります。後見人の任務は終了し、遺族に財産を引き継ぐことになります)。
 利用の際に注意する点はたくさんありますが、これらはすべて家族や親族の意向次第で本人の利益がないがしろにされ、本人の保護が打ち切られてしまうのを防止するための措置です。例えば、親族間で意見の相違がある場合などには、後見人がつくことで、知らないうちに誰かが勝手に財産を流用することができなくなり、財産は保護されることになります。」(田中さん)

まずは専門家に相談を

 制度を利用することが決まったら、①後見を受けることになる本人の住所地を管轄する家庭裁判所に必要書類(「後見申立てに必要な書類」参照)を提出して申立てを行います。家庭裁判所は、②本人の調査、親族の意向照会、本人の精神鑑定(医師による判断能力の判定)などを行ったうえで、③審理を開始。④後見が決まると東京法務局に登記されます。申立ての際、家庭裁判所に支払う費用は1万円程度、さらに医師による精神鑑定の費用(10万円以下)が必要になります。また、申立てから後見開始まで一般的に2〜6ヵ月程度の時間がかかります。
 「とはいえ、一般の方にとって、成年後見制度の仕組みやその裁判所手続きは簡単ではありません。制度や手続きについて疑問や不明点がある場合には、市区町村の『地域包括支援センター』(高齢者が対象)や近くの弁護士、司法書士に相談してみるといいでしょう。

 実際の申立てを決めたときには、法律書類を作成し、必要書類を整備しなければならず、慣れない手続きには手間がかかります。後見制度の担い手であり裁判書類のプロである司法書士がサポートを行っているので、助けを求めてください。書類作成の費用は、一概に言えませんが10万円程度を目安に考えるといいと思います。」(田中さん)

後見申立てに必要な書類

・申立書

・申立人照会書、本人の状況照会書、後見人等候補者照会書(申立人・本人・後見人の候補者の生活状況などを記入)

・本人の戸籍謄本、本人の住民票、後見人等候補者の住民票(市区町村で請求)

・登記されていないことの証明書(後見を受けていないことを証明する書類。全国の法務局・地方法務局で請求)

・本人の診断書(主治医に依頼)

・療育手帳(知的障害者の場合)

・財産目録・収支予定表(申立人もしくは財産管理人が作成)

※申立書のセットは家庭裁判所にあります。また、家庭裁判所のウェブサイトでもダウンロード可能(「成年後見」「書類」で検索)。

 複雑な法律のしくみを活用するためには、そのメリットとデメリットをしっかり理解することが大切です。そのしくみが本当に自分のケースに活用できるのかを見極めるため、まずは身近な機関に相談し、プロのサポートを受けてみてはいかがでしょうか。

成年後見制度のメリット・デメリット

【メリット】

・判断能力が不十分な人が法的な保護を受けられるようになる(適正な財産管理、医療・介護サービスの契約締結、不利益な契約の解約など)。

・家庭裁判所が関与する(後見人は家裁への報告の義務がある)。

・被後見人(後見を受ける人)の財産を不正に流用できなくなり、保護される。

・原則的に、被後見人の死亡まで効果が続き、
特定の人の意思で保護が中止されない。  等

【デメリット】

・被後見人は、医師、税理士等の資格や会社役員、公務員などの地位を失う。

・家族・親族の意向が裁判所の判断に反映されるわけではない(特に、「誰が後見人となる」ということや、財産管理の方針)。

・被後見人の財産は、本人の利益以外の目的に使用することができなくなる。

・原則的に、被後見人の死亡まで効果が続き、
手続きを中止することはできない。  等

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