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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
数珠繋ぎで振り返る48名の飽くなき者たち エンドロール
掲載:2018年9月14日

多彩な作品が役者と役者を繋ぐ

 連載を終えるにあたり、4年間に登場した48名の役者たちを"共演数珠繋ぎ"で振り返ってみたい。レジェンド級の大スターも、メインストリームにあまり顔を出さない名脇役も、必ずどこかでつながっている。それが多くの役者で物語を紡ぐ映画の奥深さであり、同時代性の面白さである。
 毀誉褒貶はあるにせよ、邦画は100年以上にわたって毎年多くの作品を世に送り出してきた。連載で取り上げた48名は戦後の役者ばかりだが、その出演作だけでも膨大な数にのぼる。数珠繋ぎが可能なのは、邦画の多彩さと豊かさの証左でもあるだろう。

高倉健
田中裕子
樹木希林
菅原文太
大谷直子
岸部一徳
松坂慶子
いしだあゆみ
平幹二朗
倍賞千恵子
小林稔侍
藤田弓子
柄本明
もたいまさこ
イッセー尾形
桃井かおり

2つの巨星を偲ぶ

 連載の第1回は高倉健だった。本コラムの初回は、齢を重ねてもトップスターとして飽くなき挑戦を続けた彼でなければならなかった。生涯現役を貫いた高倉は、この連載が始まった2ヶ月後に83歳で他界した。

 遺作となった『あなたへ』(2014年)は、彼が亡き妻の故郷を訪ねるロードムービーである。その昔『夜叉』(1985年)で健さんを暗い過去に引きずり戻す魔性の女を演じた田中裕子は、この作品でも自分の死後に届く1枚の絵手紙で、彼を過去への旅へと誘う。
 どろどろした不倫劇からほのぼのとした家庭劇まで、田中のフィルモグラフィーは実に幅広いが、『夜叉』と同じ年に出演した『カポネ大いに泣く』(1985年)では、きっぷのいい芸者役を好演している。

 この作品で旅芸人一座の女将役を堂々と演じているのが、樹木希林だ。パルムドールに輝いた『万引き家族』(2018年)で、彼女は"一家の大黒柱"である祖母役を実在感たっぷりに演じ、世界から高い評価を受けた。樹木の人を食った芝居のオリジナリティは、30年前から変わらない。

 樹木が惚れた男は、内田裕也とジュリー以外にもう1人いる。惜しくも81歳でこの世を去った邦画の兄貴・菅原文太である。トラック野郎シリーズの文太兄ぃはマドンナに一目惚れするのがお約束だが、『トラック野郎 突撃一番星』(1978年)では逆に樹木に一目惚れされるところが面白い。

 『トラック野郎 一番星北へ帰る』(1978年)で桃次郎が思いを寄せるのは、大谷直子である。清純派でデビューした大谷は、その後、『ツィゴイネルワイゼン』(1980年)と『ダブルベッド』(1983年)で大胆な裸身を晒し、世の話題をさらうことになる。

個性派たちの夫婦役

 『ダブルベッド』での大谷の夫は岸部一徳だ。岸部は本作を含めて様々な夫役を硬軟織り交ぜて演じてきた。中でも、妻に浮気の罪を徹底的に責め立てられる作家役を務めた『死の棘』(1990年)は、彼の出世作となった。

 同作の妻役は、『大阪ハムレット』(2009年)でも岸部の相手役だった松坂慶子である。『大阪―』の松坂は子煩悩の妊婦を演じているが、彼女の全盛期の十八番は、ご存知の通り愛憎劇だった。『火宅の人』(1986年)はそんな彼女の代表作のひとつである。そしてこの作品で松坂に夫を奪われるのは、いしだあゆみだ。やはり、松坂は奪う側、いしだは奪われる側がしっくりとくる。

 とったとられたの時代を終えていしだが選んだ夫は、『円卓 コッコ、ひと夏のイマジン』(2014年)の平幹二朗である。残念ながら平も既に鬼籍に入ったが、この作品で好々爺を演じる彼も、かつては野心に燃える青年がはまり役だった。『暖流』(1966年)で病院経営の立て直しを担う彼は、情報収集のため現場にスパイを送り込む。その看護師が倍賞千恵子だ。本連載でも触れたが、彼女には隠し事がよく似合う。

 倍賞千恵子は健さんの相手役を3度も務めた女優である。『すべては君に逢えたから』(2013年)で、倍賞の相手役を務めたのは、弟分の小林稔侍だった。恋人役ではなかったものの、彼の感慨はいかばかりだっただろうか。

 夫婦役の取り合わせの妙を味わうというのも、映画の楽しみ方のひとつである。
 『さびしんぼう』(1985年)で小林稔侍の妻は藤田弓子だった。この夫婦は寡黙と明朗である。『ドラッグストアガール』(2004年)の藤田の夫は柄本明で、こちらは明朗とくせ者。『モヒカン故郷に帰る』(2016年)の柄本の妻はもたいまさこで、これはくせ者とくせ者。『先生と迷い猫』(2015年)のもたいの夫はイッセー尾形で、これもくせ者とくせ者。『太陽』(2005年)で昭和天皇を演じた尾形の妻・香淳皇后役は、桃井かおり・・・きりがないのでこのへんでやめておこう。

いい人の悪役がいい

石橋蓮司
西田敏行
小日向文世
三浦友和

 『竜馬暗殺』(1974年)で桃井の相手役・中岡慎太郎を演じたのは、これまたくせの強い石橋蓮司である。圧倒的生涯出演数を誇る石橋は、城郭建設の棟梁(『火天の城』2009年)からラーメン屋の大将(『ラーメンガール』2009年)まで数多の職業人を演じてきたが、両作品で彼のライバルとなるのが西田敏行だ。

 邦画界にはいい人を得意とする役者が何人かいる。西田もそのひとりだ。長年好人物ばかり演じてきた俳優が、そのキャリアを全否定しかねない勢いで挑戦する悪役には、また独特の味わいがある。
 『アウトレイジ ビヨンド』(2012年)で関西やくざ組織の若頭を演じる西田は、見事なまでに血も涙も笑顔もない。1作目の『アウトレイジ』(2010年)に引き続いてマル暴の刑事を演じる小日向文世の方も血も涙もないが、こちらは始終にこやかだ。ただし目は笑っていない。小日向と裏で通じている若頭役の三浦友和も、本作ではいい人封印だ。まさに全員悪人である。

邦画史を彩る対決の数々

石坂浩二

 巨大企業内の壮絶な派閥争いを描いた『沈まぬ太陽』(2009年)は、ここでもまたいい人を封印した守旧派の三浦友和と、社外から乗り込んできた改革派の石坂浩二との暗闘が物語の軸になっていた。鞘当て、梯子外し、騙し討ち。まさに"すさまじきものは宮仕え"だが、こういったライバル同士の対決も、映画には欠かせない要素のひとつである。


仲代達矢

 石坂浩二と言えば金田一耕助があたり役だ。石坂はこの役を通じて、犯人役を演じる名だたる役者たちと対決し続けてきた。『女王蜂』(1978年)での相手は名優・仲代達矢だった。
 仲代ほど、役者として多くの対決を演じてきた俳優もいないだろう。『人間の條件』(1959~1961年)では軍隊の理不尽と、『金環蝕』(1975年)では政界の金権と、『乱』(1985年)では老いの孤独と、仲代は泥まみれ血まみれで格闘してきた。彼が闘ってきたのは単に人ではなく、その背後にある体制や運命だったのだと言いたくなるところに、並外れたスケールを持つ仲代芝居の真骨頂がある。


山﨑努
宮本信子

 そんな仲代との対決で世に出たひとりの役者がいる。『天国と地獄』(1963年)の山﨑努である。警部と誘拐犯という役柄で対峙した2人の雄姿は、邦画史の1ページを飾るに相応しい名対決となった。
 山﨑はその20数年後に、まったく新しい形の対決を世に問うことにもなる。宮本信子演じる国税局査察官と脱税王の心理戦を描いた傑作『マルサの女』(1987年)である。色恋に依らない、あくまでも仕事上の男女の対決を軸に据えた本作は、邦画におけるひとつのエポックメーキングだったといっても過言ではないだろう。

名脇役たちの競演

橋爪功

 『マルサの女』で宮本が対決するのは山﨑だけではない。脱税の隠れ蓑となる銀行も彼女の敵である。その銀行の慇懃無礼な職員を演じたのが橋爪功だ。今ではメジャー作品で主演までこなす橋爪も、かつては短い出演時間で印象に残るキャラクターを演じることに長けた、知る人ぞ知る名バイプレーヤーだった。


高橋惠子

 橋爪がカウンセラー役で出演する『恋文』(1985年)で、余命半年を宣告された女を演じるのが高橋惠子である。どこか陰がある彼女の芝居は、複雑な大人の愛憎模様と実に相性がいい。50歳を超えて出演した『イエスタデイズ』(2008年)もやや込み入った事情の恋愛劇で、いくつになっても高橋の資質が不変であることを思い知らされる。


國村隼

 この作品で高橋の相手役を演じるのは國村隼である。本作では國村の方が余命宣告を受ける役回りだが、近年の彼の芝居は、こういったぐっと引いて魅せる役どころでも安定感が光る。『シン・ゴジラ』(2016年)の自衛隊統合幕僚長役も、闘争心を内に秘めた働く男の魅力を静かに伝えていた。


余貴美子

 同作で國村の上司として逆に闘争心剥き出しの防衛大臣を好演しているのが余貴美子である。齢を重ねるほど役の幅が広がっていく女優のお手本のような人だが、連載でも触れたように、彼女の芝居は独特なワケアリ感が隠し味だ。『深夜食堂』(2015年)の料亭の女将役のようなちょい役であってもその雰囲気を醸し出すところは、さすがと言うほかない。


小林薫

 『深夜食堂』といえば、店主は小林薫である。彼の近年の出演作の中では、『夏の終り』(2013年)の優柔不断な作家役と、『舟を編む』(2013年)の飄々とした辞書編集者役が印象に残る。まだ60代半ば。これからの10年、15年が楽しみな役者のひとりだ。

温故知新の新潮流

加藤剛

 『舟を編む』で小林とともに辞書編纂に心血を注ぐのが、先般亡くなった加藤剛である。主人公の名前が馬締(まじめ)であることからもわかるように、この作品は、諦念と冷笑に病んだ今の世の中で、地道に努力を重ねるマジメの輝きを、声高にではなく、あくまでもオフビートで語る快作である。そこに往年のマジメ俳優・加藤を持ってきたところに、邦画の歴史に向けられた新しい世代からのある種のリスペクトが感じられる。
 それは、東映アウトロー路線の継承作として今年封切られた『孤狼の血』にも通ずる、新世代の監督たちによる温故知新の潮流にも思える。


市原悦子

 封建社会の理不尽に翻弄される武士一家を描いた『上意討ち 拝領妻始末』(1967年)の頃から加藤のマジメなキャラクターは変わらないが、同作で藩から乳母として派遣されてくる市原悦子の持ち味も半世紀前から変わらない。この頃からもう家政婦だったのかと思うと、得も言われぬ可笑しさがこみ上げてくる。

ベテランたちの若き日の狂気

水谷豊
平田満
風間杜夫

 『青春の殺人者』(1976年)で市原の息子を演じた水谷豊も、今や押しも押されもせぬ大御所である。同世代の平田満風間杜夫も、最近は齢相応の落ち着いた役柄が多いが、3名ともかつてはギラギラした狂気をはらんだ役を数多く演じていた。

 『逃がれの街』(1983年)は、突如殺人の濡れ衣を着せられた水谷が一気に破滅へと突き進んでいく物語だが、偽証によって彼の人生の歯車を狂わせるきっかけをつくるのは平田満である。その平田も『蒲田行進曲』(1982年)では、こちらはコメディとはいえ、風間杜夫の女である松坂慶子を子供ごと押しつけられた上に、階段落ちという命懸けの仕事を引き受けるというある種の狂気を生きていた。同作での、数人分の性格が同居したかのような風間のアップダウンの激しい芝居にも、また種類の違う狂気が滲む。

秋吉久美子
伊佐山ひろ子
吉永小百合
岩下志麻
根津甚八

主役、脇役、それぞれの女優道

 そんな風間の母親役が秋吉久美子だと聞くと、時空まで狂ったかと思われるかもしれないが、映画ならばそういうこともままある。風間と若き日の父母との切ない交流を描くファンタジー『異人たちとの夏』(1988年)では、風間より6つ歳下の秋吉久美子が彼の母親役を務める。

 『昭和枯れすすき』(1975年)に出演しているのは、妹役がよく似合う頃の本当に若き日の秋吉である。共演の伊佐山ひろ子は、秋吉を窮地に陥れる役回りだが、『海峡』(1982年)では自らの出産を通じて、人生に行き詰まった吉永小百合に生きる勇気を与える。名脇役ならではの役の幅だと言えるだろう。

 吉永小百合と岩下志麻のW主演で話題となった『霧の子午線』(1996年)は、盆と正月が一度に来たような1本である。作品の出来からすると、やはり盆と正月は別々の方がいいと感じるものの、2大女優が同じ画面に収まっている珍しさや両名の演技合戦、あるいはスタッフ陣の気の遣いようを眺めるという別の楽しみ方もある。
 岩下主演の『この子の七つのお祝いに』(1982年)は、彼女のフィルモグラフィーの中では『影の車』(1970年)や『鬼畜』(1978年)といった陰惨なサスペンスの系譜に属する1本だ。この作品で壮絶な過去を秘めた岩下を追いかけるルポライター役が根津甚八である。

タフで危険な男と女

 晩年の根津は病苦の末にこの世を去った。だが、タフで危険な香りがする往年の彼の艶姿は、今もスクリーンの中で生き続けている。名だたる荒くれ漢たちがしのぎを削る任侠バイオレンス『許されざる者』(2003年)もその中の1本だ。


藤竜也
倍賞美津子
草笛光子
津川雅彦
三田佳子

 同作でずうずう弁の殺し屋を演じる藤竜也も、根津同様、タフで危険な香りがする役柄を得意としてきた艶のある役者のひとりだ。そんな藤に負けず劣らずの男気を見せてくれたのが、『友よ、静かに瞑れ』(1985年)で強者に牙を剥く倍賞美津子である。
 美津子は姉の千恵子よりもかなり冒険心のある出演作選びをする。当然その中には風変わりな作品も含まれてくる。武闘派の老婆たちが集まる姥捨村が舞台の怪作『デンデラ』(2011年)で彼女が演じるのは、平和主義を主張する少数派のリーダー役である。

 この作品で美津子以上に冒険しているのが、武闘派側のリーダー役を務める草笛光子だ。かつては『社長シリーズ』(1956~1970年)のバーのママ、今では『武士の家計簿』(2010年)や『0.5ミリ』(2014年)といった作品で上品な老婆を演じることが多い草笛にしては、かなり珍しい役回りである。喜寿を越えてさらに新境地を拓こうとするその意気込みには素直に拍手を送りたい。

 『0.5ミリ』で草笛の夫を演じているのは、先月亡くなった津川雅彦だ。老いてもなお女性への興味を失わない役どころは実に彼らしい。往年の津川は邦画界のドンファンとして数多くの名女優と共演してきた。『別れぬ理由』(1987年)の三田佳子もその1人だ。

名女優たちのかくも長き人生

富司純子

 邦画女優の代名詞として一世を風靡した三田も、若い頃は任侠映画で腕を磨いていた。『日本侠客伝』(1964年)では、まだ駆け出しの頃の初々しい三田と藤純子の姿を観ることができる。その後三田は『Wの悲劇』(1984年)などで80年代を代表する女優となり、藤も60年代後半から70年代初めにかけて『緋牡丹博徒シリーズ』などの任侠もので大ブレイクすることとなる。


吉行和子

 結婚を機に一旦引退した藤は、その後、富司純子と名前を変えて邦画界に復帰し、三田同様、今も一線で活躍を続ける。高齢女性たちの第二の人生の奮闘を描く『人生、いろどり』(2012年)で富司の友人を演じるのは、同じく息の長い活躍を続ける吉行和子だ。
 今年83歳となる吉行の傘寿を越えてからの映画出演本数は10本を数える。そのうちの1本である『春なれや』(2016年)は、短編とはいえ主演である。まさに飽くなき者だ。


大竹しのぶ

 『永遠の1/2』(1987年)では、吉行は主人公の母親役、大竹しのぶは主人公の恋人役を務める。吉行のように20歳でデビューし、80歳を越えても現役を続ける女優の場合、40代後半から50歳にかけてやっと職業人生の折り返し点、ということになる。これを大竹しのぶに当てはめれば、『青春の門』(1975年)で映画デビューし、『麻雀放浪記』(1984年)、『死んでもいい』(1992年)、『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年)といった作品で名演を重ねた後、『阿修羅のごとく』(2003年)の長女役あたりでようやく中間地点ということだ。


八千草薫

 同作のテレビ版(1979年)で、大竹とほぼ同年齢で次女役を演じていたのが八千草薫である。彼女は、20数年後のこの映画版では老いた母親役の方を演じているわけだが、大竹にも同じことはあり得るだろう。現代の女優の人生はかくも長い。
 そんな八千草もかつては時代劇や任侠もののヒロインを数多く演じていた。『日本侠客伝 浪速篇』(1965年)もその中の1本だ。この作品で主演を演じるのは、主演でありながら共演の鶴田浩二にまだ食われ気味なところが初々しい、大ブレイク直前の高倉健である。

飽くなき者たちの爛熟

 邦画界で60~80代の役者の層がこれほど厚かった時代はかつてなかった。彼らの現役時代は長く、半世紀を越えるキャリアを持つ者も少なくない。仲代達矢や八千草薫に至っては、80代で映画に主演するという役者の新たな地平を切り拓いてみせてくれている。傘寿越えの主演という流れは、今後も続いていくに違いない。

 齢を感じさせない容姿にこだわる昔ながらの女優もいる一方で、あえて容姿の衰えを晒し、等身大の老いを演じる女優も出てきた。還暦を越えてからどんどん新しい役に挑んでいく男優も増えてきている。映画の中の高齢者像が、ステレオタイプのご隠居様から、血の通うひとりの人間へと徐々に変化していく中で、彼らの出番は益々増えていくことだろう。

 飽くなき者たちは皆、挑戦者であり、開拓者である。彼らが本格的に活躍する時代は、まさにこれからはじまる。

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