HOME ≫ 飽くなき者たち −円熟の輝きを放つ名優の軌跡− ≫ 第48回 藤田弓子の饒舌な身体
連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
第48回 藤田弓子の饒舌な身体
掲載:2018年8月15日
藤田弓子

 息の長い活躍を続ける役者は、遅咲きの場合を除いて、必ずと言っていいほど30代で大きな役をものにしている。中堅時代の入口で巡り会ったその役によって、ある者は磨き上げてきた才能を開花させ、ある者は新境地を切り拓く。またある者は生涯のあたり役を手に入れる。
 藤田弓子のあたり役は、言うまでもなく、朗らかで元気な母親役である。そのイメージを決定づけたのは、30代前半に出演した朝ドラだが、藤田は同時期に映画作品でも毛色の異なる2つの快活な母親を演じている。
 昭和31年の大阪を舞台にした『泥の河』(1981年)の母親役は、シリアスな快活である。夫(田村高廣)とともに河岸で食堂を営む本作での彼女は、客の応対から調理まで店のすべてを切り盛りしながら、家の食事の支度や雑巾掛けといった家事全般も、非常に小気味よくテキパキとこなす。手際のよい立ち居振る舞いの積み重ねによって、藤田は戦前生まれの働き者の母親像を見事に表現してみせている。
 30代の終わりに演じた『さびしんぼう』(1985年)の母親役の方は、打って変わってコミカルな快活である。"コメディは動きにあり"と言わんばかりに、無声映画を思わせるダイナミックな身のこなしを存分にみせてくれる。写真の中から飛び出してきた昔の自分(富田靖子)を叩くと、その痛みが全部自分に返ってくる芝居、セーターの中に虫が入って気が動転し、寺の境内をあたふたと駆けずり回る芝居、いずれも確かな演技力に裏付けられた彼女ならではの巧さが光る。
 
 主役と絡む大きな役でなくとも藤田はよく動く。たとえば、同じ時期に出演した『時代屋の女房』(1983年)の居酒屋の女将役などがそうだ。渡瀬恒彦、夏目雅子、津川雅彦ら、物語の軸となる俳優陣の傍らで、料理を出したりグラスを拭いたりする"カウンター内の女将の芝居"をきめ細やかに演じている。厨房仕事の合間に、元プロレスラーの夫(藤木悠)に空手チョップを見舞う茶目っ気まで織り込んで、とにかく画面のどこかに映っている限り何かしている姿が印象的だ。
 よく動くといえば、還暦を越えて出演した『歓喜の歌』(2008年)でのバイタリティも尋常ではなかった。洋服リフォーム店と中華料理店とママさんコーラスを掛け持ちするトライアスリートのような母親役は、彼女ならやりかねないと思わせる妙な説得力があった。
 
 ふくよかな体型とキレのある動きを活かした藤田の演技を見ていると、役者とは身体で語る仕事なのだなとつくづく思う。台詞まわしだけでなく、姿形も、表情も、仕草も、目に映るものすべてが芝居であり、役者の武器なのだ。いま考えれば、30代前半で母親役があたり役になるのはかなり時期が早い。だがそれは、藤田が恵まれた体型と表現力を駆使して、年齢を越えてそう見えるように演じてきた証左でもあるだろう。
 年齢不相応なレッテルにはデメリットもあるが、やがて年齢が役柄に追いつく頃には、同年代の役者たちより先にその役の席に座っているというメリットもある。母親役のような旬が長い役柄ならば、その席の価値は小さくないだろう。藤田自身の意図の有無はともかく、役者にはそういうキャリアの積み方もあるのかもしれない。

本連載は今回が最終回となります。長い間ご愛読いただき、ありがどうございました。
次回は4年間で取り上げた"飽くなき者たち"を振り返ります。

この記事はいかがでしたか?
ボタンを押して評価してください。
この記事の感想をお寄せ下さい。
bottom_maincontent

人名インデックス

bottom_sidecontent
年住協サポートサービス
住環境整備促進
一般財団法人 年金住宅福祉協会
一般財団法人 年金住宅福祉協会
このページのトップへ