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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
第44回 小林稔侍の脇役道
掲載:2018年4月13日
小林稔侍

 『冬の華』(1978年)のオープニングクレジットは高倉健からはじまる。小林稔侍の名は、田中邦衛より、小池朝雄より、夏八木勲より、峰岸徹より、寺田農より、後だ。彼らには皆、健さんと台詞のやりとりがある。しかし、小林には、自分の店にやって来た健さんへの「ご苦労様です」の一言しか与えられていない。
 小林は、実の息子に健と名付けるほどの、自他ともに認める高倉健の弟分のひとりだが、スクリーン内での2人の立ち位置には長い間、天と地ほどの差があった。役柄上で小林と健さんの距離が縮まっていく過程は、大部屋出身の彼が役者として成長していく道筋そのものである。前述の『冬の華』や、『網走番外地シリーズ』(1965~67年)、『昭和残侠伝シリーズ』(1965~72年)では端役ばかりだった小林が、やがて『動乱』(1980年)では軍曹役で将校役の健さんと直に台詞のやりとりをし、『駅 STATION』(1981年)では同僚刑事としてともに張り込みをするようになっていく。『海峡』(1982年)では土木のプロとして一緒に青函トンネルを掘り、『居酒屋兆治』(1983年)では刑事役で健さんを憎々しく取り調べる。『夜叉』(1985年)に至っては、健さんにサシでボコボコにされる"大役"を演じるまでになる。

 小林のこういった地道な積み重ねは、『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年)でひとつのピークを迎える。生涯現役にこだわる主人公と彼の定年後を案じる盟友という、小林と健さんの敬愛と友情の歩みをそのまま形にしたかのような配役は、両名にとって感無量のものだったに違いない。本作で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞に輝いた小林のクレジットは、出演者の掉尾を飾る栄光の"トメ"である。
 小林はこの前年にも『学校Ⅲ』(1998年)で主演の大竹しのぶを相手にトメを務めている。再就職のために職業訓練校で資格取得を目指す元エリートサラリーマン役は、山田洋次監督のおもしろうてやがて悲しき演出に見事に応えていた。ターニングポイントとなるこれら2作品での熱演を経て、今や小林の名脇役としての地位は揺るぎないものとなっている。

 そんな小林に、76歳にして2時間ドラマではなく映画で初主演の話が巡ってくるとは、本人も含めて誰が予想しただろうか。職人気質の豆腐屋と震災で心に傷を負った少年の交流を描く『星めぐりの町』(2018年)は、主演でありながら一歩退いて周囲を引き立てるような、長年、脇役道を歩んできた小林らしい抑制の利いた主役ぶりが印象的だ。受けの芝居で少年役の荒井陽太や娘役の壇蜜の持ち味を巧みに引き出しつつ、こだわりの豆腐づくりや丁寧な食事の支度、囲炉裏端の手酌の場面など、台詞がない独りのシーンでは、ベテランならではの熟成された芝居を存分にみせてくれる。
 本作の小林の役名・島田勇作は、『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)で健さんが演じた島勇作から取られたものだろう。小林とスタッフたちがこの作品に込めた思いが、静かに、確かに、伝わってくる。『冬の華』から40年。スクリーンで初めて目にした小林稔侍からはじまるエンドクレジットは、深く心に沁みた。

次回は「市原悦子」を予定しています。

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