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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
第43回 國村隼の多彩な威圧感
掲載:2018年3月15日
國村隼

 もし彼女の家に招かれて、出てきた父親が國村隼だったらさぞかし肝を冷やすことだろう。『横道世之介』(2013年)では、高良健吾が吉高由里子の実家を訪ねると、いかにも資産家という風格で和服姿の國村が出迎える。『ダーリンは外国人』(2010年)では、彼女である井上真央の姉の結婚式で、ジョナサン・シェアが急遽國村に挨拶する羽目になる。しかも国際結婚に反対される。ただでさえ緊張を強いられるシチュエーションに、よりにもよって國村隼の上乗せである。その威圧感は並み居るコワモテ俳優の中でも頭ひとつ抜きん出ている。

 もちろん、國村はそれだけの俳優ではない。シリアスからコメディまでこなせる非常に守備範囲の広い役者だ。近作だけ見ても、『あさひるばん』(2013年)の腹話術が持ちネタのお茶目なイベント会社社長、『許されざる者』(2013年)の小賢しい元長州藩士、『天空の蜂』(2015年)のテロに翻弄される原発の所長など、様々な役柄を巧みに演じ分けている。
 それでもやはり、周囲に圧迫感を与える役柄のうまさは格別で、近作『哭声(コクソン)』(2017年)でも、村に災いをもたらす不吉な男を、血まみれの大迫力で演じている。アクの強い韓国俳優陣に囲まれても、國村の芝居はまったく引けを取らない。

 威圧感という話になると、当然、その筋の人の演技にも触れないわけにはいかないだろう。さすが國村だと思うのは、ある種のそれらしさが定まっているやくざのような役柄であっても、バリエーション豊かな芝居で楽しませてくれるところだ。
 たとえば、『殺し屋1』(2001年)や『キル・ビル Vol.1』(2003年)のやくざはある意味古典的だったが、陰の主役とも言えるキーマンを演じた『アウトレイジ』(2010年)の組長役は、やくざ以前に人間性そのものを疑いたくなるような度を超えた狡猾さと軽薄さが新鮮だった。その呆れかえるほどの変わり身の早さは、単にうまいだけでなく、物語全体に過剰なスピード感さえ与えていた。
 名実ともに堂々の主役を演じた『地獄でなぜ悪い』(2013年)は、同じ組長役でもまた違ったテイストだ。敵対組織との抗争中に、妻と娘のために組をあげて映画を撮る、しかも殴り込みそのものの撮影を指揮するというクレイジーなキャラクターを、これでもかとばかりの力の入れようで熱演している。喜劇ではあるものの、國村の芝居自体にコミカルさは一切ない演出なので、殺陣、ガンアクション、組員を鼓舞する大演説など、彼の惚れ惚れするような漢っぷりをこころゆくまで堪能できる怪作に仕上がっている。

 やくざに見えないやくざ役もある。『破門 ふたりのヤクビョーガミ』(2017年)では、佐々木蔵之介の兄貴分を演じているが、巻き舌も怒声もなく、業界用語を除けばごくごく普通の台詞回しで、どう見ても頼りがいのある部長にしか見えない。横山裕への接し方に至っては、完全に面倒見のいい親戚のおじさんである。それでいて、こういう若頭も居るかもしれないというリアリティはしっかりと感じさせる。
 それらしさにも多彩な切り口がある。常識、非常識、無常識、どれでも正解だという國村流のアプローチには、まだまだ奥行きがありそうだ。

次回は「小林稔侍」を予定しています。

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