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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
第40回 伊佐山ひろ子、書く語りき
掲載:2017年12月15日
伊佐山ひろ子

 三島賞候補になった伊佐山ひろ子著の短編集『海と川の匂い』(2010年)の中に「ポルノ」という作品がある。主人公である新人女優はスリの見習い役の映画を撮影中なのだが、察しのいい映画ファンならば、これは日活ロマンポルノの初期の名作『白い指の戯れ』(1972年)の話だということに気づくだろう。
 この短編はあくまでもフィクションだ。その点は割り引きつつも、村川透や荒木一郎と思われる登場人物たちとのやり取りや、実際の映画とほぼ同じ撮影場面の描写は非常に興味深い。新人の視点から当時の撮影現場の人間模様と熱気を伝える伊佐山の筆致は、どこか詩的でありながらも、体験した者にしか書けないリアリティがある。

 ロマンポルノやピンク映画が、名もなき新人監督たちにデビュー作を撮るチャンスを与え、また、10分か15分に1回の濡れ場さえあれば何を描いてもいいという"表現の自由"を提供し続けた歴史的意義は小さくない。滝田洋二郎や周防正行が成人映画出身なのは有名な話だが、伊佐山の出演作だけ見ても、村川透の他に、『一条さゆり 濡れた欲情』(1972年)の神代辰巳、『エロスは甘き香り』(1973年)の藤田敏八といった、その後長く邦画界で活躍することになる監督名が並ぶ。この短編を読むと、伊佐山ひろ子という女優が、そういった邦画史の特異点に立っていた数少ない生き証人のひとりであることを改めて思い知らされる。
 新人とは思えない存在感を示した『白い指~』。したたかなストリッパー役以上に、タイトルを裏切る堂々の主役ぶりでもしたたかさを見せた『一条さゆり~』。原作/マルキ・ド・サド、監督・脚本/神代辰巳のカルト世界を体当たりで演じきった『女地獄 森は濡れた』(1973年)。これら3本の主演だけで、伊佐山には"ポルノ"を語る資格が十二分にある。
 その後の伊佐山は、岡本喜八(『吶喊』1975年)、森谷司郎(『海峡』1982年)、黒木和雄(『浪人街 RONINGAI』1990年)など、名だたる監督のもとでシブい脇役を数多く務めてきた。近年では、小さな役とはいえ、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙‐サイレンス‐』(2017年)にも出演している。

 そのような中で、久々にこれぞ助演と呼べるような芝居を観せてくれたのが、小沢仁志主演の任侠コメディ『FM89.3MHz』(2006年)と『無認可保育園 歌舞伎町 ひよこ組(正・続)』(2007年)だ。
 やくざ役の小沢がFMラジオのDJや保育園の園長に無理矢理転職させられるというこのシリーズで伊佐山が演じるのは、小沢の妻である。妻と言っても、会うのはいつも彼女が営むスナックで、常に「カウンター越しの客とママ」というスタイルで夫婦の会話が交わされるのが可笑しい。
 伊佐山は、慣れない仕事に弱音を吐き通しの小沢の愚痴を聞きつつ、「やりたいようにやればいいじゃない」と励まし続ける。時には園児の扱い方を伝授し、おむつ交換の特訓にまでつき合う。コワモテの小沢を見守る貫禄の女房役はまさにはまり役で、彼女が演じればこんなかたちの極妻もあるのだなと感心させられた。最近は、いわゆるちょい役やカメオ出演が多くなってきている伊佐山なのだが、時にはこういうキャリアの厚みを感じさせる芝居もたっぷり見せてほしいものだ。

次回は「イッセー尾形」を予定しています。

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