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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
第35回 石坂浩二が撤退戦をたたかう
掲載:2017年7月14日
石坂浩二

 石坂浩二の当たり役である金田一耕助という役柄は、負け試合の終盤に登板する敗戦処理投手のようだ。ご存知の通り、このシリーズでは毎回猟奇的な連続殺人が発生する。『犬神家の一族』(1976年)で5名、『悪魔の手鞠唄』(1977年)で4名、『獄門島』(1977年)で6名、『女王蜂』(1978年)で5名、『病院坂の首縊りの家』(1979年)で4名と、金田一の登場後に関係者が次々と死んでいく。だが、彼が事前に犯人の次の動きを察知し、殺人を未然に防げたことはただの一度もない。また、犯人は必ず最後に自殺(もしくは無理心中)するので、逮捕に至ることも皆無だ。ある種の敗戦処理係として名推理で不可解な事件の謎を解き明かすことが、このシリーズにおける彼の役割なのである。

 キャリアも半世紀を超え、重厚な風格が増してきた近年では、大物政治家などを演じることも増えた石坂だが、その中でもやはり負け戦を担う責任者役には名演が多い。
 たとえば、『日本沈没』(2006年)の総理大臣役などは、国土喪失というこれ以下はない最悪の撤退戦の指揮官である。ところが、石坂演じるこの総理は、「愛する者とともにこの国と一緒に滅んだ方がいい」などと、側近に厭世的な本音を漏らしてしまうような、少し変わったリーダーなのだ。こんなナイーブな政治家がいるとはとても思えないのだが、あの知的な自嘲の笑みを浮かべた石坂に演じられると、得も言われぬリアリティが漂うから不思議だ。そういえば、石坂が佐久間良子の夫役を務めた『細雪』(1983年)も、いわば四姉妹の撤退戦の物語だった。滅びゆく船場の旧家に婿養子として寄り添うあの男が総理になったらこんな感じなのかもしれない。
 『沈まぬ太陽』(2009年)で航空会社の再建を任される会長役も、困難な撤退戦をたたかっていた。しかしこちらは、一見柔らかな物腰に見えて実はしたたかという、なかなか気骨のある役どころだった。政治家の都合で梯子を外され、志半ばのまま辞職に追い込まれながらも、去り際に抵抗勢力の守旧派に一矢報いてみせる老獪さが印象に残る。

 近年の撤退戦としては、図書館の自衛組織・図書隊の司令を演じた『図書館戦争』(2013年)と『図書館戦争 THE LAST MISSION』(2015年)の2作がある。
 この作品は、統制国家の焚書を題材にしたF・トリュフォー監督の『華氏451』(1966年)を思わせる世界が舞台になっている。メディア良化法なる厳しい検閲法制が敷かれ、既に相当数の図書が焼却されている状況からして、守勢にまわる石坂は今回も明らかに分が悪い。
 両作ともに石坂には大舞台が用意されていて、1作目では葬儀の弔辞で、2作目では敵地に乗り込んでの大演説で、彼が熱く語る長台詞がひとつの見どころになっている。「この世界はまだ守るに値する。この身を賭けてでも」という青臭いキメ台詞も、石坂が口にすれば、負け戦を担わざるをえない指揮官の切実な覚悟と悲哀が滲む。戦闘で片足を失い、敵方にじりじりと追いつめられていくその姿は、"劣勢に立たされた知の自由"というこの作品のテーマそのものでもある。知の撤退戦をたたかう。まさに石坂浩二の真骨頂である。

次回は「小日向文世」を予定しています。

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