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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
松坂慶子は縛られない
掲載:2017年2月15日
松坂慶子

 松坂慶子は還暦になった年に『牙狼〈GARO〉蒼哭ノ魔竜』(2012年)というCGを多用した特撮作品に出演した。その際の、ゲームキャラのようなコスプレ感たっぷりの悪役を観た往年の邦画ファンの中には、かなり驚いた人もいたかもしれない。「『蒲田行進曲』と『死の棘』という邦画史に残る名作に主演した大女優が、なぜこの歳になって?」と。だが、過去のフィルモグラフィーとの連続性に縛られないこの自由な心性こそが、女優・松坂慶子の"今"なのだと思う。

 かつての松坂が、この国の性的シンボルのひとりであったことに異論を唱える者はいないだろう。松坂といえば大胆な濡れ場であり、「愛の水中花」のバニーガールであり、そして何より、泥沼の三角関係であった。
 『事件』(1978年)では妹役の大竹しのぶと永島敏行を取り合い、『青春の門』(1981年)では若山富三郎と菅原文太に取り合われる。『蒲田行進曲』(1982年)では風間杜夫と平田満の間で揺れ動き、『火宅の人』(1986年)に至っては緒形拳・いしだあゆみ・原田美枝子との四角関係である。30代までの松坂は、とにかく愛憎劇に出まくっていた。その徹底ぶりには、ある種の清々しさすら感じられるほどだった。

 やがて松坂は、愛憎劇の女王としてその集大成ともいえる『死の棘』(1990年)に主演し、夫(岸部一徳)の浮気をきっかけに精神を病んでいく妻を熱演して各賞を総なめにする。ふつうここまでの地位を確立したら「今後は高尚な作品だけをじっくり選んで出演していきたい」などと言い出しそうなものだが、彼女はそうはしなかった。50歳を前にして新たな道に踏み出していくのである。
 そのひとつが、前述した『牙狼〜』にその後連なっていく特撮伝奇アクション『さくや 妖怪伝』(2000年)で演じた土蜘蛛の女王だ。何しろ巨大化までする妖怪の親玉役である。それは従来のイメージからは到底考えられない、かなり突飛な役柄への挑戦だった。

 それだけではない。松坂は同じ時期にさらに風変わりな作品に出演することで別の新境地も拓いてみせている。ブラックコメディでしかもミュージカルという、三池崇史監督の怪作『カタクリ家の幸福』(2002年)である。
 家族で開業したペンションで、なぜか様々な理由で死んでいく客たちを、宿の看板に傷をつけたくない一心で、家族が一致団結して必死に埋めて隠していくという、何とも一言では説明できない奇天烈なホームドラマなのだが、この作品での松坂は、とにかく底抜けに明るい。いや、明るいというよりハジケている。その異様に朗らかな、どこか吹っ切れたような芝居は、間違いなく彼女のキャリアの大きな転換点である。その後、『インスタント沼』(2009年)の河童が見える母親役や、『綱引いちゃった!』(2012年)の肝っ玉母さん役で見せることになるコメディエンヌとしての円熟の境地は、この作品が原点なのではないだろうか。

 若いときから培ったイメージを頑なに守り続ける女優道もあるが、評価が定まってからさらに道幅を広げていく女優道もある。おそらくどちらの道も険しいだろう。ただ、近年の松坂はほんとうに楽しそうでいきいきとしている。それだけは確かだ。

次回は「余 貴美子」を予定しています。

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