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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
根津甚八という名のサーガ
掲載:2016年9月15日
根津甚八 かつて石井隆脚本・監督の、低予算でも作りは丁寧で、映画に対する敬意と情熱に溢れた独特の手触りのある作品が、毎年封切られていた時代があった。村木と名美という名前を与えられた主役の男女はみんな不運で、それがバブル崩壊直後の空気感に妙に合ってもいた。不穏で官能的な音楽は、安川午朗だった。ゆったりと移動する長回しのキャメラは、佐々木原保志か笠松則通だった。そして、その現場には必ず根津甚八も立っていた。
 
 『ヌードの夜』(1993年)では、名美(余貴美子)に執着するやくざ役、『夜がまた来る』(1994年)では、名美(を体を張って演じる夏川結衣)を体を張って支える村木役、『天使のはらわた 赤い閃光』(1994年)では、名美(川上麻衣子)をめぐる猟期的な事件に巻き込まれていく村木役、そして『GONIN』(1995年)では、暴力団の資金強奪を企てる5人組(佐藤浩市、本木雅弘、竹中直人、椎名桔平)の1人である氷頭役を演じた。どの芝居も、ぞくぞくするような男の色気が漂う名演ばかりだった。
 
 まるで石井作品の登場人物のように、根津の人生は波乱に満ちたものだった。三十代前半から黒澤明、柳町光男、工藤栄一といった名匠の作品で評価され、大河ドラマにも出演し、そのキャリアは順風満帆かと思われた。だが、50歳を過ぎた頃から病に苛まれ、徐々に俳優業から遠ざかっていくことになる。決定的だったのは自らの運転で引き起こした死亡事故だ。これをきっかけに病苦もさらに激しさを増し、2010年には俳優引退の報が聞こえてきた。
 あれほど輝いていた役者の、これと定めた引退作もないフェイドアウトに、何かすっきりしない思いを感じていた人は少なからずいたことだろう。辞めるのはやむを得ないとしても、せめて別れの挨拶くらいしたかったと。
 
 そんな折、『GONIN サーガ』(2015年)で根津が1作限りの復帰を果たすと聞き、やはり石井隆もそう思い続けていてくれたのかと、血が騒いだ。監督自ら出演交渉したのだという。スタッフに安川午朗と佐々木原保志の名前もある。もう観る前から物語が始まっていた。
 そういう意味では、もはやこの作品を純粋に1本の映画として観ることは不可能だ。劇中で根津演じる氷頭は19年間の昏睡状態から目覚めるが、この設定に根津本人の復活を重ね合わせない人はいないだろう。クライマックスに流れる森田童子の『ラスト・ワルツ』にメッセージ性を感じない人もいないだろう。佐藤浩市の"友情出演"からも、序列への配慮から便宜上使用される肩書きではない、根津への本物の友情が伝わってきて胸が熱くなる。この作品は、フィクションでありながらもノンフィクションなのだ。
 根津は寝ているか座ったままかで、ほとんど動かない。台詞もないに等しい。だが、最後の襲撃を決意する東出昌大、桐谷健太、柄本佑の3人に鬼気迫る形相で「チャカ、チャ、チャカくれ、チャカぁ」と自分も行動をともにすることを告げる。そしてその言葉通り銃を手に参戦する。十分だ。これ以上何を望む。これでやっと、本人の口から引退宣言を聞けた気がする。しかも、根津らしい、ほんとうに根津らしい台詞で。さらば愛しき甚八。あなたは、生けるサーガだ。

次回は「岸部一徳」を予定しています。

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