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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
吉永小百合の説教を聞け
掲載:2016年5月13日
吉永小百合

 吉永小百合に汚れ役やコメディエンヌは似合わない。『天国の駅 HEAVEN STATION』(1984年)では初の汚れ役に挑んだものの汚れきれず、共演の津川雅彦のアクが強すぎたこともあって、せっかくの挑戦がかすんでしまっていた。『玄海つれづれ節』(1986年)でのコミカルな芝居も、どこか空回り気味で観ていて痛々しかった。
 吉永小百合は、清く正しく美しく。それが一番しっくりくる。そして、その正統派で清純派の持ち味がいかんなく発揮されるのは、説教である。生き方に迷った者や道を踏み外した者に、正しい道を指し示して諭すときの吉永は、ほんとうに生き生きとしている。眼には強い光が宿り、言葉には有無を言わせぬ説得力が漲る。
 
 10代の頃からその片鱗はあった。たとえば『泥だらけの純情』(1963年)では、浜田光夫演じるチンピラの次郎にこんな台詞を言う。「やくざっていけないと思うんです。野蛮だし、法律にだって背いているし。でも私、次郎さんをまじめで正しい人だと思ってるんです」。彼の行為を否定しつつも人間性そのものは肯定する。罪を憎んで人を憎まず。"効く説教"のお手本である。
 『あゝひめゆりの塔』(1968年)でも、女学校の運動会に不正入場した男子学生たちに詰め寄る場面がある。あの澄んだ瞳を真っ直ぐに向けられて「悪戯にも程度があると思います。ご自分の行動には責任を持っていただきたいと思います」と言われれば誰もが素直に謝るしかない。
 
 40代以降になると説教にも厚みが増してくる。代表作のひとつである『夢千代日記』(1985年)では、自殺未遂をした紅(田中好子)に「生きたくて堪らない人間がいるのに、あなたは自分の命にひどいことをしすぎる」と、彼女の頬を張って厳しく叱りつける。白血病で余命幾ばくもない自分の悲運をかさねて命の尊さを語る姿には、若い頃の正論一本槍の説教にはなかった重みが感じられる。
 
 古希を迎えた今でも、その力量は衰えていない。近作『ふしぎな岬の物語』(2014年)でも、自分の店に忍び込んできた泥棒を諭して改心させるという凄腕を見せてくれているが、近年の出演作の中で吉永の説教節を存分に堪能できる作品ということになれば、『おとうと』(2010年)をあげないわけにはいかないだろう。
 この作品での吉永は、娘の蒼井優に、その夫の田中壮太郎に、弟の笑福亭鶴瓶にと、とにかく説教のし通しなのである。中でも、不出来な弟を演じる鶴瓶に対して、所帯を持って人生をやり直すように諄々と説く場面と、彼の借金を肩代わりした後に雷と雨まで味方につけて激しく叱責する場面は絶品である。
 本作は、山田洋次監督による『男はつらいよ』の変奏曲でもある。渥美清の役柄に鶴瓶を、倍賞千恵子の役柄に吉永を置いているわけだが、ひとつ違うのは、兄と妹ではなく、姉と弟である点だ。それゆえに、同じ説教でも、さくらから寅へのそれとはニュアンスが違っているところが面白い。あくまでも目上の女から目下の男への諭しなのである。
 心優しきアウトローに対する山田監督の眼差しは、シビアでありながらどこまでもあたたかい。厳しい説教にくるんで弟に愛情を注ぎ続ける吉永の芝居は、監督のこの意図に見事に応えている。
 
 

次回は「大谷直子」を予定しています。

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