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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
津川雅彦のいけしゃあしゃあ
掲載:2016年3月15日
津川雅彦

 "いけしゃあしゃあ"をやらせたら日本一だろう。平然と嘘をつく。恥も外聞もなく前言を翻す。美辞麗句の裏側で人を陥れる準備を着々と進める。しかも女たらしという、これ以下はないと思える最低の人間を、これ以上ない最高の芝居で演じてみせるのが津川雅彦である。津川が憎まれ口を叩けば叩くほど、不正義に憤る主役の気持ちに感情移入しやすくなる。自分の運命を呪う女の哀しみが我が事のように響いてくる。

 津川の"いけしゃあしゃあ"に脂が乗り始めたのはやはり中年以降である。まず40代では、『迷走地図』(1983年)の狡猾な二枚舌政治家や、『ひとひらの雪』(1985年)の舌が二枚では足りない好色家も捨てがたいが、『天国の駅 HEAVEN STATION』(1984年)の悪辣極まる旅館の主人を代表作としてあげたい。
 嘘泣きで吉永小百合演じるかよの気を引き、従業員に妻を殺させて後妻に迎え入れる。だが、しばらくすると態度が一変し、「わしはこのからだだけがあればそれでいい」とモノ扱いして服従を強いるようになる。「私はあなたの何なんですか」と尋ねる吉永に「きれいなおもちゃだ」と言い放つ津川には真っ黒な後光が差して見える。

 50代になると、津川は伊丹十三作品などで悪役でも色男でもない人物を魅力たっぷりに演じ、役者としての幅をさらに広げていく。だが、そのような時期にも、いけしゃあしゃあを忘れてはいない。『集団左遷』(1994年)での、大量解雇を画策する副社長役が強く印象に残る。
 水面下では任侠映画の悪役顔負けの卑劣な陰謀を仕掛けているくせに、うわべの言葉は綺麗事ばかり並べ立てる。秘書に手を出し、贈賄までしておいて会社のためだと言う。そのすべての台詞に「ホントによく言うよね…」と返したくなる怪演である。

 キュートないけしゃあしゃあもある。還暦を越えて出演した『落語娘』(2008年)での、清濁も軽重も併せ呑んだような落語の師匠役は、津川の魅力を余すことなく発揮したはまり役だ。
 万事調子がよく、酒と女に目がなくて、金銭感覚はルーズそのもの。ミムラ演じるまだ前座の弟子に風俗代を立て替えさせて平然としているようなどうしようもない師匠なのだが、津川の行き届いた演技によって独特な親しみのあるキャラクターに仕上がっている。
 宴会や女性とのやり取りで見せる軽薄と好色、弟子との芸談や高座で見せる重厚と一徹、居眠りやお茶漬けの食べ方で見せる人間味と生活感など、これまで演じてきたキャリアが渾然一体となった熟達の芝居は、この小さな作品を小粋な作品に昇華させている。

 70代となっても津川の出演作は途切れることがない。いけしゃあしゃあぶりもいまだ健在である。たとえば『交渉人THE MOVIE タイムリミット高度10,000mの頭脳戦』(2010年)では、不気味なまでに落ち着き払った悪の親玉を演じている。逮捕されても「私は守られている」と嘯くその巨悪感はさすがの貫禄だ。相変わらずのサービス精神旺盛な憎々しさがニクいのである。

次回は「小林 薫」を予定しています。

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