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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
草笛光子のカリスマ性がギラリ
掲載:2015年11月15日
草笛光子

 第1作がヒットすればシリーズ化され、次々と続編が製作されるという映画の黄金時代がかつてはあった。東映には高倉健の『昭和残侠伝』や『網走番外地』、大映には勝新太郎の『座頭市』や『兵隊やくざ』、日活には小林旭の『渡り鳥』をはじめとする『無国籍』、そして東宝には森繁久弥の『社長シリーズ』があった。このシリーズで、バーのマダムや芸者など、色っぽい夜の女を数多く演じてきたのが草笛光子である。
 
 森繁がバーで草笛マダムを口説くものの、結局は浮気できないというパターンはあまりにも有名だが、よほどのファンでない限り、1シーンを観たくらいでは何作目なのか区別がつかないだろう。同じシリーズで、同じような役を、同じ俳優が繰り返し演じることは、当時のお約束だった。またその確信犯のマンネリがウケてもいた。小林桂樹の秘書然り、三木のり平の宴会部長然り。草笛も常連俳優の一人として、典型的なバーのマダムをストイックに演じ続けていたのである。
 
 草笛が喜寿を越えて出演した近作『デンデラ』(2011年)は、今村昌平監督の『楢山節考』の後日譚を、息子の天願大介監督が独自の切り口で描いた野心作である。正直、作品の出来は親父さんとは比べるべくもないが、姥捨てされた者だけの隠れ里"デンデラ"をつくった長老役を演じる草笛が、ひとりギラリと光っている。
 共同体の長として、極寒や飢えと闘いながら「女の園」を治める姿は、かつて演じ続けたやり手のマダムのようだ。ただ、このマダムは男のご機嫌を取ったりはしない。そればかりか、自分を棄てた男社会の村に夜討ちをかけて滅ぼそうと画策しているのだ。
 本作での草笛の芝居は典型からは大きくはみ出している。往年のマダム役や、近年ホームドラマで見せてきた品の良い老婦役からは想像もつかない怪演である。ほぼ同時期の『武士の家計簿』(2010年)で、家族の一員にそつなく収まっている女優と同じ人とはとても思えない。晩年になってこういう突き抜けた役柄に挑戦する役者魂には頭が下がる。
 
 この作品の見所は、草笛演じる長老のリーダー像が丁寧に描かれているところだ。「年寄りは屑だか?屑ではねえ、人だ!」と事あるごとにカリスマ性たっぷりの演説をぶち、「俺たちは一度死んだんだ」という殺し文句で皆の心を束ねる。そしてその束ねた心を、自らの悲願である故郷の村への復讐に向かわせる。
 人食い熊に襲われても集落一丸となって立ち向かい、彼女らの士気をさらに高めてみせる。その一方で、村への復讐を心底願っているのは自分だけで、皆にとっては夢中になれるひとつの目標に過ぎない、ということも冷静に見抜いていたりする。草笛の厚みのある芝居が、リーダーシップのあり方とその孤独を、陰影深く浮かび上がらせていて見応えがある。
 
 実は本作の主演は浅丘ルリ子なのだが、これは完全に草笛の映画である。「貴女は『渡り鳥』とかで若い頃に飽きるほどヒロインで目立ったじゃない。たまにはこういうのもいいんじゃないの?」草笛マダムのそんな声が聞こえてきそうだ。

次回は「桃井かおり」を予定しています。

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