HOME ≫ 飽くなき者たち −円熟の輝きを放つ名優の軌跡− ≫ 第13回 八千草薫の"かわいい"という境地
連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
八千草薫の
掲載:2015年9月15日
八千草薫

 歳を重ねた女優の生きる道には、アンチエイジングもあればイジワルばあさんもあるが、「かわいい」にはなかなかなれない。八千草薫は、その境地に到達した数少ない女優のひとりである。

 「かわいい」が難しいのは、演技に見えると世の中から反発を食らうところだ。たとえ男性は騙せても、女性に勘付かれれば最後、たちまち「女の嫌いな女」にランクインしてしまう。その傾向は若いほど顕著である。だからといって老齢なら容易いのかといえば、さらに難しい。ふつう人は歳をとるほどかわいくなくなるものだからだ。近年「かわいいおばあちゃん」としての地位を確かなものにしている八千草が、いかに稀有な存在であるのかがよくわかる。

 宝塚の娘役出身で、20代には『宮本武蔵・三部作』(1954~1956年)や『蝶々夫人』(1955年)で清純派ヒロインを務め、40代以降は日本の理想的母親像を、『不毛地帯』(1976年)、『ハチ公物語』(1987年)、『阿修羅のごとく』(2003年)などの映画作品や、多くのテレビドラマで繰り返し演じ続けてきた。これらのヒロイン役や母親役に一貫していたのは、上品で控えめないじらしさと愛らしさである。このイメージの蓄積の延長線上に、彼女のいまの「かわいい」がある。

 ガーリー(女子っぽい世界観)で名を馳せたソフィア・コッポラ監督がデビュー作『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)を発表したのは28歳だった。中みね子監督は、今年、彼女より半世紀年長の77歳でデビューしながら、本家に負けず劣らずのガーリーな作品を作り上げた。八千草を主演に据えた『ゆずり葉の頃』(2015年)である。

 この作品には、軽井沢、こじゃれた喫茶店やレストラン、瀟洒なペンション、オルゴールといった女子感たっぷりの舞台やアイテムが次々に登場する。そのような、ある意味非日常的な空間の中で、これでもかとばかりに八千草の「かわいい」が炸裂している。
 道案内してくれた喫茶店のマスター(岸部一徳)に、お礼として差し出すのは、どんぐり飴入りの手作りの巾着袋である。さらに「これヘンなお土産です」と寺で拾った銀杏の葉まで添える。マスターに再会したときには「今日はお土産ありません」と悪戯っぽく微笑み、探していた絵が観られないことを「焦がれていた絵に会えず」と表現する。いずれの芝居にも、年齢を超えた女子のかわいさが溢れ出ている。
 後半、初恋の人である画家(仲代達矢)に会ってからの八千草は完全に少女である。いまだ少年っぽさが残る仲代の言葉と振る舞いに恥じらう姿は実に愛くるしい。

 もちろん本作はそれだけの映画ではない。題名が象徴しているように、これはひとりの女性の「終活」を描いた映画なのだ。八千草はあくまでも「かわいい」を貫きつつ、毅然と老いや死に向き合う主人公を、覚悟を持って演じている。それはかつて、『岸辺のアルバム』(1977年)で、いつもの良妻賢母かと思いきや不倫妻に扮して見せた気骨や、『ディア・ドクター』(2009年)での、モラルや建前より自分の感覚を大事にしようとする老女の演技にも通じる。八千草が演じているのは、裏がわかったうえでの表、醜さや残酷さを踏まえたうえでの美しさや優しさなのだ。ただ可愛らしいだけの「かわいい」ではないのである。

次回は「高橋惠子」を予定しています。

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