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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
西田敏行はご機嫌より不機嫌がいい
掲載:2015年8月15日
西田敏行

 心根が明るい。憎めない。情に厚く涙もろい。いつまでもそういう面ばかり取り上げて西田敏行を語るのはよくない。役者として半世紀近いキャリアを持つ大ベテランに対して失礼というものだろう。確かに西田は長年ご機嫌な芝居が多かった。しかし、還暦を越えてからはむしろ不機嫌な芝居の輝きの方が増してきているように思う。

 たとえば、『ラーメンガール』(2009年)の西田は始終ムスッとしている。このアメリカ映画の日本描写は、よくありがちな誤解がなく、かなりリアルだが、西田演じるラーメン屋のオヤジにも近所にいそうな現実感がある。無口というより口下手。不愛想で、短気で、頑固。典型的な職人気質だ。彼のラーメンは人を笑顔にするが、自身は笑顔を見せない。弟子入りするヤンキー娘の育て方も「目で見て盗め」の職人方式だ。

 この職人キャラクターは、さらにグレードアップして近作『マエストロ!』(2015年)の、むちゃくちゃ口は悪いが腕(耳)は確かな指揮者役に受け継がれている。この作品の西田の度を超えた不機嫌さがまた素晴らしい。楽団員に罵詈雑言を浴びせながらオーケストラ全体を鍛え上げていく姿は、『フルメタル・ジャケット』(S.キューブリック監督)の鬼教官さながらのダークな輝きを放射している。

 ダーク路線の極めつけは、『アウトレイジ ビヨンド』(2012年)の関西ヤクザの幹部役だろう。北野武作品の本当の怖さは、暴力描写よりも人間関係の描写にある。純情な人物が「この世間知らずが!」とばかりにズタズタにされるところが、正視に耐えないくらいむごい。この作品では中野英雄が西田にコテンパンにやり込められている。
 中野は西田の組事務所で「今日は会長いらっしゃらないんですか」と尋ねただけなのだが、その一言が西田の逆鱗に触れてしまう。「は?会長が今日おられるかどうかと、おのれらとなんか関係あるんけ?」。西田はこのセリフを、決して怒鳴らず、あくまでも普通のトーンで、ゆっくりと言う。「てめえらが会いたいからいうて、すぐ会えるほどうちの会長安うないで」。ぐうの音も出ない中野に西田は「なあ?」とさらにかぶせる。返事がなければ「だよな?」とまだかぶせていく。しつこい。中野がやっと返せたのは「です」だけである。もうやめてあげてほしい。中野の顔色が悪すぎる。
 本作には、この場面以外にも、兄貴分のビートたけしと中野が盃を貰いに西田のもとを訪ねたら話を覆されて怒鳴り合いの大モメになるシーンがある。ここでも無慈悲にハシゴを外すのは西田だ。
 我々の日常でここまで激しいやり取りをすることはまずない。なのになぜか妙なリアリティがあるのは、西田の芝居に、ヤクザの幹部でありながら取引先のややこしい部長にも見える実在感があるからだ。
 中野が不用意な一言をなじられる場面は、「失言で先方を怒らせてしまった失敗」を思い出させるし、たけしを連れて挨拶に出向いたのに話が通っていない場面は、「上司を連れて商談に臨んだのに先方につれなくされた失敗」が頭に浮かぶ。それは北野演出の巧妙な仕掛けなのだが、それを現実感たっぷりに伝えてくるのは、これもまた巧妙な、西田の不機嫌な芝居なのである。
 心根が暗い。憎たらしい。血も涙もない。そんな西田がたまらなく、いい。

次回は「八千草薫」を予定しています。

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