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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
倍賞千恵子には隠し事がよく似合う
掲載:2015年3月13日
倍賞千恵子

 隠し事をする女は嫌いだと、健さん演じる勇作が妻役の倍賞千恵子を責める。『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)のワンシーンである。だがよく考えてみれば、彼自身、実は何か過去がありそうな女だったからこそ彼女に強く惹かれたのではないだろうか。もしそういう陰のある雰囲気が彼女にまったくなければ、一緒になろうとまでは思わなかったのではないか。隠し事をされるのは嫌であっても、一方でその隠し事には理屈を超えた引力があるのも事実だ。秘めているからこそ滲み出る魅力がある。倍賞千恵子にはそういう役柄がよく似合う。
 このシーンで彼が責めているのは、彼の子を流産してしまった彼女が、実は以前にも流産していたことを黙っていたからなのだが、唐突な感じがしないのは、この少し前の場面で、勇作の家に訪ねてきた彼女が「わたし結婚したことがあるのよ」と告白する伏線があるからだ。しかし流産のことまでは言わない。いや、言えない。玄関に立ったまま、目を合わさずに「部分的に告白」するその姿が、たまらなく切なく、愛くるしい。

 言うまでもなく、「秘密」というものはドラマ上で重要な役割を果たす。秘密を守ろうとすることがスリリングなストーリー展開を生み、秘密が明るみに出ることが物語を劇的に転換させる。彼女が演じる「秘密」も、それぞれの物語の中で欠かすことのできない役割を担ってきた。

 二十代で主役を演じた『霧の旗』(1965年)では、兄の仇である弁護士への秘めた復讐心が物語の軸となっていた。前述した『幸福の~』は三十代の出演作だ。彼女の隠し事が引き金となって自暴自棄になった健さんは、喧嘩で人を殺めて刑務所に入ることになってしまう。四十代になった彼女は、『霧の旗』と同じ桐子という役名で、今度は飲み屋の女将を演じる。名作『駅 STATION』(1981年)である。この作品でも、彼女が抱える秘密は物語の重要なカギとなっている。相手役はまたもや高倉健だ。紅白歌合戦で八代亜紀が歌う『舟唄』が流れる中、二人がコップ酒を酌み交わしながらカウンターで寄り添う場面は、日本映画史に刻まれる名シーンである。互いの心の隙間を埋め合うように惹かれ合う男と女。つかの間の安らぎ。だがすぐそこには秘め事が引き起こす悲劇が忍び寄っている。

 古希を越えてもなお、彼女は隠し事する女を演じ続けている。近作『小さいおうち』(2014年)は、秘密自体がモチーフになっている作品だ。戦前、とある家庭で女中をしていた老女がある秘密を胸の内に隠しながら自叙伝を綴っていくという形式で物語は進む。この老女を演じるのが倍賞だ。語り手であるため、時には声だけになることもあるが、ナレーションの仕事でも高い評価を得ているだけあって、ただ淡々と語っているようでも味わいがある。本作でも彼女は「部分的に告白」する。最も重要な秘密については最期まで口を閉ざし、残された者があとからそれを知ることになる。人生には言葉にできない苦しみもあるということを、語らないことで語る「隠す芝居」は、もはや達人の域である。松たか子と黒木華の演技ももちろん素晴らしいが、倍賞のこの芝居は作品に深い奥行きを与えている。抑えれば抑えるほど逆に滲み出る存在感。"女は無口なひとがいい"とは、まさにこのことである。

次回は「宮本信子」を予定しています。

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