HOME ≫ 飽くなき者たち −円熟の輝きを放つ名優の軌跡− ≫ 第6回 樹木希林の"トボケ"は切れ味鋭い
連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
樹木希林の
掲載:2015年2月13日
樹木希林

 「トボケた味」を極めた稀有な女優と呼んで差し支えないだろう。ボケとツッコミで知られる「ボケ」と、「トボケ」は違う。「ボケ」はどこまでも的外れに徹するが、「トボケ」はわざと的を外していることが最初からバレている。「本当はそうではない」ことを周囲に知られてしまっているのに、素知らぬ顔でそうであるかのように振る舞う、しかもそれが不快に映らないというのは、誰にでもできるというわけではない。だから稀有なのだ。

 そういう意味で、樹木希林(当初の芸名は悠木千帆)は最初からトボケていた。ドラマ『寺内貫太郎一家』(1974年~)の老婆役が有名だが、当時の彼女はまだ30代前半で、老けメイクと老けた演技はしていても眼光は若く肌もハリがあって、「本当はそうではない」ことは誰の目にも明らかだった。それでもなお老婆ですと言い張るような強引な芝居を、コントではなく、あくまでもドラマでやっていたのだ。役柄だけでない二重の「トボケ」である。久世光彦の演出も斬新だが、それに応えて独特なおかしみを醸し出した樹木のトボケっぷりも突き抜けている。

 テレビとCMのイメージが強い彼女だが、映画には60年代からコンスタントに出演を続け、今となっては映画界に欠かせないベテラン女優のひとりとなった。近年では『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(2007年)、『悪人』(2010年)、『わが母の記』(2012年)などの老いた母親役で円熟の演技を見せ、多くの賞にも輝いている。これらはもはや「老け役」ではなく、実年齢に近い「老人役」だ。老いたふりを必要としなくなった等身大の芝居が、いま高く評価されている。

 それでもなお、樹木の真価は「トボケ」にあろう。彼女の持ち味である「本当はそうではない」という空気感が近年最も発揮された作品は、『歩いても 歩いても』(2008年)ではないだろうか。何者かの不在を物語の中心に据えることが多い是枝裕和監督作品だが、今回は15年前に事故で亡くなった長男の命日に家族が集うという設定である。
 本作中の樹木の存在感は圧倒的だ。人を食った芝居で、主演を含む他の役者も食ってしまっている。食われていないのは、同じトボケの流れを汲むYOUぐらいだろうか。失礼ながら阿部寛の代わりは当時の佐藤浩市や江口洋介でもよかったかもしれないし、夏川結衣や原田芳雄の演じる役にも代わりはいるように思える。だが、この母親役だけは彼女にしかできないだろう。それは人間の虚実を容赦なく、かつどこかユーモラスに描く是枝節に、彼女の「本当はそうではない」が見事にシンクロしているからだ。
 次男の結婚相手のことを本当は快く思っていない。数十年前の夫の浮気を本当は赦していない。そして長男が命を落として助けた子供(現在は成人)のことを本当は心底怨み、命日に呼び続けている。樹木が演じる母親は、平穏で寛容なように見えて、「本当はそうではない」のだ。時が解決するというのは慰めに過ぎない。日々を重ねても重ねても、決して消えない負の感情がある。そのどうしようもなさを、彼女は、おぞましく、せつなく、飄々と演じる。その「トボケ」の切れ味は、鋭い。

 今年は主演を務める、河瀨直美監督の『あん』(2015年)の公開を控える。「たいていは男の監督だからごまかせるけど、女の監督はしんどかった」とは記者会見での樹木の弁である。この「トボケ」の切れ味もまた鋭い。老いて益々、人を食った、食えない名女優である。

次回は「倍賞千恵子」を予定しています。

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