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連載−飽くなき者たち−
飽くなき者たち−円熟の輝きを放つ名優の軌跡−
菅原文太の食う飯は旨そうだ
掲載:2014年12月15日
菅原文太

 菅原文太がメシを食う。実に旨そうだ。
 文太の食べるシーンといえば、やはり『トラック野郎』シリーズ(1975〜79年)だろう。同シリーズでは、文太演じる長距離トラック運転手の桃次郎が、全国各地のドライブインでどんぶり飯をかっ食らう姿が毎回登場するが、第6作『トラック野郎・男一匹桃次郎』(1977年)冒頭の、冬の海辺での朝食がまた旨そうだ。
 相棒の"やもめのジョナサン"(愛川欣也)は目玉焼きとパンをわざわざナイフとフォークで食べるが(芸の細かい鈴木則文監督ギャグ)、桃次郎は和食派だ。持参した七輪で焼いたメザシでどんぶり飯をかき込む。シメには洋食派のジョナサンからコーヒーをもらってすする。そして朝日に手を合わせてから仕事にとりかかるのだ。
 質素だが、真っ当で豊かな朝食。夜明け前の海岸のメザシと白いメシが羨ましく思えてくる。それはやはり文太が食っているからだ。同作では、フグの肝に当たって治療のために首から下を土に埋められたり、餅すすり大会で ばってん荒川を破って優勝したりと、他にも食べ物に関するシーンが出てくるが、どれもとことん馬鹿馬鹿しくて面白い。

 同シリーズでは酒を呑むシーンも多い。これも文太は実に旨そうに呑む。ドライブインで、小料理屋で、特殊浴場で、ビールや日本酒を空けている。だが、不味そうに呑むシーンも必ずある。なぜなら、毎回マドンナにフラれてヤケ酒をあおることになるからだ。
 同時期に数多く出演している実録やくざものになると、不味そうな酒の方が圧倒的に多い。『仁義なき戦い』シリーズ(1973〜76年)が代表作だが、親分の二枚舌、組織の理不尽、仲間の裏切りに苦悶しながら呑む酒ばかりである。彼が呑むビールは、ほんとうにニガそうだ。お疲れ様の一杯であれ、失恋の一杯であれ、文太が呑めばそこに共感が生まれる。

 彼の銀幕引退作は、主演では『わたしのグランパ』(2003年)、助演では『バッテリー』(2007年)になる。どちらの作品でもやはり酒を呑むシーンが多いのだが、もはやかつてのようにニガそうには呑まない。実はどちらの役どころも過去に傷を抱えた陰のある人物像なのだが、そういった苦味も含めて人生を味わうような、どこか泰然とした呑み方がいい。また、当然のことだが、めしをかっ食らうようなことも、もうしない。すき焼きはまず孫の皿に肉を入れてやるし、バーでもウイスキーのアテにプレーンオムレツをつまむ程度だ。

 『わたしのグランパ』に印象的なシーンがある。刑期を終えた文太が自宅で13年ぶりに家族と食卓を囲み、コップに注がれたビールを一気に飲み干す。息子の平田満が2杯目を注ごうとすると掌でコップにふたをする。そして噛み締めるように言う。「ビールがね、体中に沁みていく音がする」。もう一度勧められても飲まずにこう続ける。「銀シャリをいただく」。文太が体中に沁みていく名シーンである。

 この場面は文太の引退試合だ。彼が飲み干したこの一杯は、半世紀にわたってありとあらゆるところであらゆる酒を飲み続けてきた男がたどり着いた、最後の一杯なのだ。もはや怒りを交えることはない。悲しみを紛らわせることもない。ただただ全身で酒そのものを味わうという、"ラストショット"なのだ。そしてこの一膳の銀シャリは、旨い飯からクサい飯まで食い続けてきた男がたどり着いた、"最後の晩餐"なのだと思う。文太の呑む姿、文太の食う姿がもう観られないと思うと、堪らなく寂しい。


※去る11月28日、菅原文太さんが永眠されました。本稿を書き上げた直後の突然の訃報に、「健さん」に続き「文太兄い」まで…と驚き残念でなりませんが、「虎は死して皮を留め、名優は死して名画を残す」──出演作をあらためて鑑賞し、永遠の"飽くなき者たち"を偲びたいと思います。合掌。

第5回からは女優編、次回は「岩下志麻」を予定しています。

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