HOME ≫ 年金広報 ≫ 特別寄稿 ≫ ④ 将来不安への備えの難しさと社会保障の合理性
年金広報タイトル

︱2018.1.15 1月号 (通巻703号) Vol.58

掲載:2018年1月15日
特別寄稿

年金を若者にどう伝えるか

神奈川県立保健福祉大学 名誉教授 山崎 泰彦
神奈川県立保健福祉大学 名誉教授 山崎 泰彦

 公的年金制度は、個人の生活にとどまらず、社会の安定にとっても必要不可欠である。そのことをどう伝えればよいか。若者の保険料未納や将来不安が語られる都度考えさせられてきた。
 以下、私自身のこれまでの人生のなかで考えてきたことや、教室やメディアで学生や社会人と向き合い語り合った経験を踏まえて、ポイントだと思うことを書き留めておきたい。

将来不安への備えの難しさと社会保障の合理性

 自分にはわからない人々の長い人生において、今日と明日の不安を同等にみて導いてくれるのは、「神」であろう。その「神」の役割を政府が担って、社会保険への加入を強制してくれていると考えれば納得できる。
 実際問題として、私自身について振り返ってみても、若い時からそのときどきの不安に向き合いつつ、将来の不安に計画的に備えることができたかというと、自信がない。かなり高い確率で高齢期まで生きられるとしても、その後の余命は分からない。経済の変動も予測がつかない。戦後をみても、昭和48 年の第一次オイルショック、そして平成期に入ってもバブルの崩壊、リーマンショックなど、その度に生活設計に大きな狂いが生じた人は少なくないだろう。かつては大企業に就職すれば生涯安泰と言われていたものだが、高度経済成長が終焉を遂げた昭和48年頃からは会社の寿命が話題になるようになり、当時は30年と言われることが多かったように思う。それが今では10年と言われるように、会社もどうなるかわからない。そういう不安と背中合わせに生きている。まさに不確実な社会になった。
 いずれにしても血縁・地縁、さらには日本的と言われた会社による支え合いが機能しなくなった現代社会にあって、それに代わるものが社会保障であり、その主要な機能の一つがリスク分散である。人口推計によれば、2065年の平均寿命は、男性が85 歳、女性が91 歳で、男女ともに現在よりも4歳余り伸びる。平均が85 歳、91 歳ということは、100 歳まで生きるということが珍しくない時代になるということだから、自分で余裕をもって老後に備えるとすると100 歳くらいまで見込まなければならず、途方もない蓄えが必要になる。しかし、その場合、多くの方が貯蓄を使い切らないまま死亡する。備えを共同化し、社会全体で備えるとすれば、平均寿命までの備えでよい。不幸にして早く亡くなった人が残したものを、平均寿命以上生きる人に配分すればよいからだ。
 年金に限らず、医療・介護でも、自助努力による備えに偏れば、消費が抑制され、過剰な貯蓄を形成することになる。代わって、社会保障制度を通して共同で備えれば、社会全体の貯蓄が適正化され、消費に回るという国民経済的にも極めて合理的な根拠をもつ。ただし、国民全体を対象にして支え合う社会保障は、リスク分散機能とともに高所得者から低所得者への一定の所得再分配機能を有する。過度な所得再分配には勤労インセンティブ損なうというという弊害があり、自助と共助の適切なバランスが必要であることは言うまでもない。

図1 社会保障制度の変遷

(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成29年)より)
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